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噂~エレノアの場合3

やがて緊迫した会議が終了し、部屋を片付けていたエレノアのもとにハロルドが近づいてきた。

「ごめん、力になれなくて」

謝られ、エレノアは首を振った。

「ごめんだなんて。むしろ、迷惑をかけてごめんなさい」

「いや、迷惑なんかじゃない。関われないことの方が、堪える」

そう言ってハロルドが深く俯いたので、エレノアは驚いてしまった。

「ハロルド?どうしたの」

まるで具合が悪いように片手で顔を覆ってしまった彼に、エレノアは近づく。

ハロルドは小さな声で言った。

「ごめん・・・やっぱり噂が耳に入るたびに、苛ついて。エレノアは悪くないのに」

反応に困り、エレノアは黙って彼を見上げた。

「分かっているんだ、外遊に行ったときエレノアは母さんの治療法探しに必死だったし、根も葉もない噂だって。ファレルには触れないと約束させていたし」

半ば独り言のように彼の口から流れ出る言葉の数々に、エレノアは困惑した。

昨年秋の視察中、一時的にファレルのセクハラが止んでいたのにはそんな理由があったのかと驚いたし、それをハロルドが約束させていたということに至っては、どう捉えれば良いのやら。

「それでも、外遊中に深い仲になったのじゃないかなんて聞くと・・・」

「ハ、ハロルド?」

ハロルドの声が一層低くなり、心配したエレノアが彼の名前を呼んだとき、ふいにハロルドが動いた。

そして気がつけばエレノアの身体は、壁を背にハロルドと向かい合っていた。

エレノアは、目の前のハロルドの服の胸のボタンを見た。

それから、ハロルドの手が自分の身体の左右を塞いでいるのを見た。

それはまるで壁に押しつけられているようで、エレノアは驚いて彼を見上げた。

俯いて陰になっていたハロルドの顔が、見えた。彼は整った顔を苦しげにゆがめていた。

「お願い、エレノアの口で言って。そんなの嘘だって、何もなかったって」

ハロルドの息が前髪に掛かり、その距離の近さに気付いてエレノアは息が出来なくなった。

分かっているといいながら、ハロルドがなぜそんな言葉を聞きたいのかエレノアには分からなかった。

「あの、とりあえず、放して」

まずは距離をとりたいとそう言って身じろぎすれば、ハロルドが片肘を壁について距離を縮めたため、エレノアを閉じこめる空間は一層狭まる。

「エレノア」

咎めるように急かすように名を呼ばれ、エレノアは震えた。

同じ家に住んでいたときだって、こんな距離で彼の目を見たことはない。

彼の青い目がこんなふうに熱を帯びるのも、知らない。

なぜ彼はこんなことをするのだろう。

なぜこんな追い詰められたような顔をするのだろう。

追い込まれているのは自分のはずなのに、なぜ彼の方がせっぱ詰まった顔をしているのだろう。

ハロルドが再び囁いた。

「お願いだから、違うと言って。そうじゃないと・・・」

その先を聞いてはいけない、とエレノアの中の何かが告げた。一段と近づいたハロルドの顔から目を逸らすことすら出来ないまま、エレノアは震える唇を必死で動かした。

「違うわ。噂は全部、嘘。分かっているでしょう、ハロルドだって」

「・・・うん」

もう、鼻先が触れそうなほどに近い。エレノアは耐えきれずに目を閉じた。

「何もないわ、何も。だから、とにかく、あの」

「・・・うん、分かってる」

自分で言えと言ったくせに、ハロルドはまるで名残を惜しむようにゆっくりとエレノアから離れた。

そして一つ息を吐くと、彼は目を伏せて言った。

「ごめん、嫉妬して・・・最悪だ」

「ううん・・・」

何か言おうとしても、エレノアの頭もまだ動きださなかった。

「力になれることがあったら、言って。なんでもするから」

それからハロルドはまた何度か謝り、エレノアも何度か呟くように返事をし、お互い仕事場に戻った。

廊下にでればすでに日が傾いていた。

外出している王女の部屋の整とんにだけ加わり、エレノアは仕事を終えた。

人目のある場では侍女の顔ができたものの、その夜エレノアは夕食を食べに行くこともせず、自室に戻ると勢いよく本を開いた。

そして目当ての場面をみつけると、脇目もふらずに読んでいたが、やがて耐えきれずに叫んだ。

「全然役に立たない!」


【追い詰められて・・・

ユリアは壁に縫い止められ、身を震わせた。

「ユリア・・・」

狂おしい熱の籠もった目で見つめられ、ユリアは顔が熱くなるのを感じた。

「あの、あの・・・」

「もう、黙って」

やがて、二人の陰は一つになり・・・

「キス、してしまったわ・・・」

彼が去ったあと、ユリアはぽつりとそう呟いた。】


「駄目でしょう、それじゃあ!」

壁際からの脱出方法が記されていないことに愕然とし、エレノアは勢いよく本を閉じた。

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