噂~エレノアの場合2
ファレルとエレノアの噂はなかなか収束しなかった。
曰く「第二王子のお気に入りの侍女が外遊について行った」、「侍女は立場もわきまえず王子と一緒にいるために内政にまで入り込んできた」等々。もちろん王族について悪意の噂を口にすれば、不敬罪に問われかねない。そのため、噂は基本的にエレノアを悪者にする文脈で伝えられた。
心配する王女と侍女仲間に、
「大丈夫ですわ」
と言って笑ったエレノアだったが、王宮内を歩けば、さすがに鈍感なエレノアでも気付くほどの視線にさらされた。
堂々としているのが一番よいというカーラの助言に従って背筋を伸ばしながら、エレノアは今読んでいる小説にこんな場合の対処法も書いてあればよかったのに、と残念に思った。
この日は2回目の会議だった。
治癒魔法の普及は、まず雛形として一拠点で試行することとなった。魔法を治療に用いようという考え自体が国内に無く、そのため全国規模で進めるには慎重派を認めさせる材料が必要だったのだ。
この日もファレルは、自ら会を進行した。
「設置場所は・・・」
「あちらの担当者は・・・」
次々と審議が進められていく。
一月後の試行に向け、候補地には話が通っているらしい。王都からの転移が容易な地方都市だが、それ以外にも領主が協力的な人間だというのが決め手となったのだろう。侯爵家の領地ということもあり、この点に異論は出なかった。
そこの魔法省管轄の施設を一部開放し、治癒魔法を施すことになった。
魔法省の施設には領地の防御の要や転移魔法の設備など、重要なものがたくさんある。そのため魔法使いたちからは安全上の課題などがいくつか上がった。
「次に、直接治癒魔法に当たる担当だが、これは現地の職員2名と共に、ハーディ。それから、ガーラント嬢に任せたい」
ハーディという魔法使いは、ファレルが魔法省に治癒魔法の認可を求めた際、協力した人物らしい。しかし続いて出たエレノアの名前には、即座に反論が出た。
「恐れながら殿下のおっしゃる案では、現場が納得しますまい」
「なぜだ?」
問い返したファレルに、発言を求めた文官が再び言った。
「女性が指導役では、治癒魔法自体の効果を疑われかねません」
それに、と小声で言いかけてちらりと彼はエレノアを見た。そして発言した文官以外にも、同じ目を向けた者が複数いた。
エレノアは、その視線の意味を正確に理解した。
「貴殿は王女の推薦する人材を疑うとおっしゃいますか?」
「疑うとは、大げさな言葉ですなあ」
ハロルドが暗にエレノアを庇う発言をしたものの、すぐにもう一人の文官にかわされる。彼がもともとエレノアの親族だったことは周知の事実で、身内が何を言ってもという目をされるだけだ。
エレノアは、視界の端でファレルが口を開きかけたのを捉えた。ここで彼にしゃべらせるのはもってのほかだ。
エレノアはその前にと、腹筋に力を入れて言葉を発した。
「・・・今までご一緒したこともありませんし、私は若輩者ですから、心配なさるのは当然でしょう。けれど私も、隣国で治癒魔法を視察した身として、また王女から参加を任された者として、責任を感じております」
「ならば侍女殿は、どうしようと言うのかな」
先程の文官が笑った。たしか、ウォーカーといったか。
エレノアは彼をしっかりと見つめた。
「ウォーカー様が心配していらっしゃるのは、他の方が私に治療を受けることを認めるまいという点と、私に仕事ができるのかという点でしょうか。でしたら、私はまず、この場の皆様に一緒に仕事をしていけると認めていただけるよう、努力いたしますわね」
ウォーカー達はまた、軽く笑ったが、エレノアはそれに対してもなにも反応しなかった。
アイリーンやカーラから言われた言葉が蘇る。こういう手合いには真っ向から反論しても意味がない、と二人は言った。二人の言ったとおり、彼らはエレノアの言葉を真面目に聞く気もないようだ。ならば今は斜めに受け流して、むしろ周囲に自分の言動を見せるのがよいだろう。説明されたときにはぴんと来なかったものの、この場に座ればその意味がよく分かった。
会議の場には、今、エレノアの配置に反対した文官が二人、様子を見ている文官一人と魔法使いが三人、ファレル陣営の随行員が三人いる。身内のハロルド、当事者といえるエレノアとファレルを除く彼らの総意で、今後のエレノアの配置が決まるだろう。
からかい、侮り、品定め、心配、同情、興味。
エレノアは自分に集まったたくさんの視線を意識しつつ、改めて背筋を伸ばした。