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第一章 少年魔術師の退屈(2)


 夜の街を滑空する香月。そして彼にお姫様抱っこをされている形の春歌。

 春歌はその様子がとても恥ずかしかったが、しかし今自分が置かれている状況を無視して、この風景がとても綺麗だと感じていた。

 空から見上げた木崎市の夜景は、彼女が思っている以上に幻想的だ。

 それに対比して、先ほど彼らが居たマンションは煙を上げている。


「……まったく、失敗だ。残念だったよ。あそこにはあまりものを置いていなかったとはいえ、魔術師の潜入を許してしまうのだからな」

「あのマンションって……特別なマンションだったのですか?」

「いいや。そんなことは無い。強いて言うならば、僕の住んでいる五階だけは結界を貼っている。それは魔術師でなければ解らないように細工をしているがね。それくらい、安心して暮らしたいものだが……。どうも、ランキングホルダーを狙うのは予想以上に多いのだよ」

「マンションに結界を……」

「そうだ。最悪マンションが全壊するような魔術をかけられたとしても、五階だけは無事に浮遊している状態になる……。それくらい強力な結界だよ。しかも、僕が認めた魔術師以外は完全に排除する。多分入った瞬間にお陀仏だろうね」


 それを聞いて春歌はぞっとした。そのような場所に何の確認もせずに、自分は中に入ったのか――そう思うと自分の警戒心のなさが浮き彫りになる。

 春歌の不安そうな表情を見て、香月は微笑む。


「だからと言って人間に被害が生じるわけではない。寧ろ人間を救うための結界だよ。あそこは普通のマンションだ。満室とまでは言わないが、それなりに人が入っている。しかもその大半が魔術師ではない、ただの人間だ。そのような人間を無碍に巻き込んではいけない……僕はそう思っているわけだよ。だから、あのようなことをするというわけだ。まあ、このような人間は魔術師の中でも少ないほうだよ。今は魔術師の権利を主張して、現実世界に反旗を翻そうと思っている魔術勢力だって居るくらいだからね」

「そのようなことが……」


 そんなことを話していると、目の前にビルの屋上が見えてきた。彼女が気付かないうちに、香月は飛行高度を上げていたようだった。

 屋上に足を付け、ゆっくりと重力を実感する春歌。そして彼女は、地面に足を付けた。


「……あの、ここは?」

「待っていたよ、香月クン」


 聞き覚えのある声――振り返るとそこには果が立っていた。

 香月はそれを見て果の方へ大股で歩いていく。

 そして果と香月が向かい合った。


「どうして彼女に僕の住処を教えた。あれは僕が安心して教えることの出来る人間にしか伝えていないこと、そしてそれを教える人間は僕がそれを口外しないだろうと絶対的に信頼している人間にしか伝えていないということを」

「そうだったかな? まあ、いずれにせよ、彼女は困っているようだったからね。仕方ないよね。まあ、いいじゃないか。結果として、助かっているのだから」

「そういうことじゃない! ……まあ、確かに助かったのならばそれでいいかもしれない。今回は、ね。でも次はどうなるか解らないだろう。魔術師同士の戦いはそう簡単に解決するものではないんだよ」


 香月の発言に果は首を横に振る。


「いいじゃないか。今が良ければそれでいいだろ。……さ、とにかくここで話すのはちょっと難儀だ。寒いこともあるからね、ここは屋上ということもあるし。病室を一つ貸し切っている。そこを使って話をするといい」


 まるで自分がここのオーナーのようだ――春歌はそう思った。

 香月はそれに悪びれる様子もなく頷くと、立ち去っていく果の姿を追った。





 果に案内されたのは七階にある特別病室Aと書かれた部屋だった。

 扉の施錠を確認した果は小さく溜息を吐いた。


「……さてと、いったいどういうことになってしまったというのかな? 少しご説明願おうか」

「それは僕も気になっていることでね。ぜひともここにいる城山春歌さんにお訊ねしたいのだが」


 二人に言い詰められて、思わず目を丸くする春歌。

 しかし春歌のそういう表情を見ても、彼は態度を変えない。


「君は何かを隠している。そしてそれをこちらに言おうとしているのだろう。どちらにせよ、それはとても大変なことなのだろう。僕が君を匿っていれば、僕も殺されてしまうほどの、ね。だからこそ、君が知っている凡てを教えてほしい。でないと、僕はとんでもないことになってしまう」

「彼女から依頼を受け入れる、ということ?」

「違う。これは正式な依頼のシステムではないからね。僕は組織に所属している身分だし、それくらいは選択の余地があってもいいだろう?」

「そういうものかねえ……」


 果はそう言って、パイプ椅子に腰掛ける。


「さて、それじゃ物語を戻そう。君は何を知っている? 魔術師ランキングホルダーだった父親を持っていただけで、ほかの魔術師から追われているとは、到底思えないのだが」

「……ええ、そうです」


 頷いて、春歌は告げる。

 そして――彼女は、絞り出すように、言葉を紡いだ。


「私は――『見え』過ぎるんです」

「見えすぎる? ……何かの能力を持っている、ということか?」


 再び頷く春歌。

 『見える』という言葉の意味は、様々なものがある。例えば視覚的に見える――遠くの物理対象が視認出来れば、それは『視力がいい』と言えるだろう。でも、それは見えすぎるとは言わない。そう、どちらかといえば、ネガティブめいた発言はしない。

 だが、魔術師にとって『見える』となれば――それは別の意味となる。


「まさか、その見えるというのは――」


 香月は頭の中に一つの仮説を立てた。

 それは、もしその通りならば、恐ろしいことだった。魔術師が狙っている理由も、彼女が怯えている理由も、凡て解決するのだから。


「はい」


 春歌は頷く。


「私が見えるのは――『流れ(フロウ)』です」


 やはりそうだったか――香月は春歌の言葉を聞いて小さく舌打ちした。

 それは、出来ることならばあたってほしくなかった。間違っていてほしかった。


「お、おい……フロウ、ってどういうことだ?」


 唯一、状況を理解していない果は香月に訊ねる。

 香月は小さく溜息を吐いて、


「……『流れ』とは、大まかなものだ。物が動く線、とでも言えばいいか……。それが見えるということだ。それは何だっていい。水の流れ、空気の流れ、血の流れ……何でも見えるということだ」

「見えたら、何か問題なのか? むしろ便利にも思えるが」

「ああ、便利だよ。便利だからこそ、僕たちのような存在にとって脅威に思えるというわけだ」

「?」


 首を傾げる果に説明するため、香月はコンパイルキューブを取り出す。


「僕たち魔術師は、コードは違えどこのコンパイルキューブにコードを通す。それをコンパイルすることによって魔術が実行される。その時、コンパイルキューブと僕たち魔術師の肉体間では魔力の流れが発生しているということだ」


 魔力。

 魔術師が持っている力である。これが発生できないと、魔術を行使することが出来ない。……要するに魔術師失格ということだ。


「で、その魔力の流れがどうかしたの?」

「魔力の流れが解ると、魔術師はそれだけで魔術が何だか解ることがある。また、仮にコンパイルキューブを隠されて実行されたとしても魔力の流れさえ解っていればどこから魔術が使われるかも解るということだ。……これまで言っても、解らないか?」

「まさか……」


 いくら魔術師としての知識が疎いとしても、これくらいは解った。


「魔術の知識を得ることが出来れば、彼女は容易に最強の魔術師となるだろう。……魔術の知識に疎いのは、もしかしたら君を守るために両親がしてくれたことなのかもしれないが……。死人に口なし、とも言うからね。実際には解らない」


 その事実は、出来ることなら香月も信じたくなかった。

 でも、それ以外――納得のいく結論は見当たらなかった。


「話は分かった」


 果は思ったよりも早く理解したらしい。


「でも、問題はここからだ。……どうするつもりだ? まさか、彼女を追っている敵を全員潰すというわけにもいかないだろう?」


 それは当然ともいえるだろう。

 香月はそう考えていた。


「だろうな。僕が考えるに……おそらく殆どの魔術師が欲しがる代物だろうよ。それをどう使うかは魔術師の自由だが……、どちらにせよ、殺すなり活かすなりするには、先ずはその手に置いておきたいしね」

「……成る程。確かにそれは有り得るな。でも、そうだとしても、私の質問はまだ解決していないぞ、香月クン? 一体全体どうやってこの状況を打破するつもりだい?」

「敵は、魔術師は、彼女に魔術師の知識を与えないことを目的としているはずだ。即ち、魔術師との邂逅、そして魔術師と仲良くなることは最悪のケースだ。そこで魔術の知識を得てしまえば、彼女は魔術師となる。両親が魔術師として優秀だったのなら、その素質があってもおかしくはない」


 香月はそう言って、春歌のほうを見た。怯えている彼女だったが、香月の目線を感じて、そちらを向いた。

 香月は小さく笑みを浮かべる。


「――さあ、こちらも少し抗ってみることにするかね」


 空には飛行船が怪しげに飛んでいた。





 そしてその飛行船。

 飛行船は幾つも常に空を飛んでおり、そのどれもが、富裕層のために使われている。

 そのうちの一つ――中でも一番大きい飛行船。その名前をグランドブルー号といい、それはとある人間の専用飛行船であった。

 ワイングラスを傾けながら、木崎市の夜景を見つめる男。


「……美しい」


 男はワイングラスと夜景を交互に見つめながら、小さく呟いた。

 男はこの街で一番の勢力、そのリーダーを務めていた。その勢力は厳しい規律の上に成り立っており、だからこそ、今まで固持してきた。

 彼が今、目標としているのは――ある少女だった。

 どんなものの流れでも見ることの出来る少女は、彼にとって、魔術師にとって、脅威だった。

 脅威だからといって、それを取り除こうとは思わなかった。

 脅威を脅威ではなく――いっそ利用してしまおう。

 彼はそう考えていたのだ。

 彼は気配に気づき、背後に目を向けた。


「どうした、何か進展はあったか?」


 そこに居たのは黒スーツの男だった。

 黒スーツの男は汗をだらだらかきながら、どうすればいいか考えていた。

 彼は目の前にしてその対象と一緒に居た魔術師を取り逃がしてしまった。それは彼の部下であるあの少女も同様である。

 だから、彼の処遇について――彼自身恐ろしかった。考えたくなかった。


「はい。申し訳ありませんが、現在において進展は……」


 だが、嘘を吐くわけにもいかない。彼は諦めて真実を告げることにした。だからといって、助かるわけでもないのだが。

 彼は目を瞑り、処遇を待った。何があるか解ったものではない。目を瞑っただけでそれに耐えられるというわけでもない。もしかしたら殺されてしまうかもしれない。


「目を開けろ、井坂。私がそう厳しい人間なわけがないだろう」

「……?」


 目を開けて、再び視界が開ける井坂。


「井坂、一度の失敗で人間は評価できるものではない。切り捨てていいかどうかを判断するかは、少なくとも私だけで出来ることだが……。君は部下からの信頼も厚い。そんな君を、たった一度の失敗で排除するのは心苦しい。だから一度だけ、たった一度のチャンスをやろう。それで成功すれば、今回の失敗は帳消しにしてやる」

「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 井坂は何度も頭を下げて、そしてその部屋から立ち去っていく。

 井坂が出ていったのを見て、男は深い溜息を吐いた。

 もともと、彼にそれ程の期待を寄せていたわけでは無かった。それで成功すれば御の字だが、もともと成功するはずもないことだったから、それ程落胆することでも無かったのである。


「まあ、次で成功すればいい。そう焦ることは無い――」


 彼が見たその先には、小さな病院。


「――先ずは抗うといい、柊木香月。君と会い見える時を、楽しみにしているよ」


 飛行船は夜の木崎市をゆっくりと進んでいた。


第二章 『少年魔術師の授業』に続く。

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