夜明け前の楽園 1
授業時間前のカフェ・ギムナジウム。
毎朝「HR」と呼ばれるミーティングがある。
今日のHRは、オーナーである院長が直々に行う。
五十手前の女性で、赤いスーツに真っ赤な口紅、八センチ級のヒール。肩まで伸びたボリュームのあるウェーブヘアをかき上げると、大きなゴールドのリング状のピアスが覗く。
「生徒諸君、教授諸君、おはよう」
「おはようございます!」
ブレザー姿の生徒達やスーツ姿の教授達が、90度の礼をする。
「近々開催される女子の祭典『乙女フェスタ』、通称『乙フェス』。この学院も例年に倣って参加します。選ばれた生徒は、細かい打ち合わせがあるから、よろしく」
乙女フェスタ―― 一年に一度開催される、オタク女子の夢の祭典。
女性に人気のアニメ、乙女ゲーム、BLゲーム、コミックスやライトノベルなどのイベントで、新しいグッズの先行販売や限定グッズもあり、毎年大盛況だ。
カフェ・ギムナジウムも女性に人気のカフェであるため、毎年趣向を凝らしたカフェとしてイベントに参加している。
評判を聞きつけ、遠方からはるばるやって来る女性もいれば、白衣・軍服・執事服…普段とは違うシチュエーションが見られるということもあり、常連も大勢来る。
院長は腕に巻かれた愛用の、文字盤がメレダイヤで囲まれた腕時計を覗いた。9時50分。
「さあ、今日も学院の規則を復唱します! 一つ、いつでもお客様に夢を!」
「いつでもお客様に夢を!」
私語は密着・小声で・囁くように。
彼女来室禁止。
清く、背徳、美しく。
などの規則を復唱した後、全員が玄関横に並ぶ。
神楽坂理央が木製の扉を開くと、ドアベルが鳴り響いた。
午前十時、授業開始。
外で並んでいた女性客たちが、薔薇のアーチをくぐってくる。
「いらっしゃいませ。当学院にようこそ」
都会の喧騒から逃れ、薔薇のアーチをくぐるとそこは禁断の楽園。
口にしてはいけない果実ほど甘く感じる、蠱惑的な虚飾の世界。
今日も彼らは乙女たちに、そんな果実をほおばらせる。