乙女たちの楽園 3
「おい、鷹二」
「なあに、兄さん」
「お待ちのお客様に、一曲プレゼントしてあげなさい」
「はい、兄さん。じゃあ、ヴァイオリンを持ってくるよ」
切れ長の目が涼しげで儚い印象の彼は、天羽鷹二。天羽鷲一とは異母兄弟です。
そのため顔を合わせることができるのが、この学院だとかで。
複雑な家庭環境ということもあり、兄弟で助け合っているようですね。
音楽好きで病弱で内向的な弟と、彼を支えるしっかり者でスポーツマンな兄。
実はこの二人も人気があるカップルとか…。
母親が違うとはいえ兄弟でカップルとは背徳的で美しく、逆に萌えるシチュエーションだと、支持する方々も多くて。
ほら、ヴァイオリンを持ってきた弟の鷹二が、ソファーのお客様方の前で『タイスの瞑想曲』を演奏し始めました。
おっと、いけませんお嬢様。ここは撮影禁止でして。
テレビの取材も一切お断りしております。雑誌やネットでも、室内やメニューの写真は出ておりますが、生徒や教授の写真は禁止です。
生徒の名前は本名ではありませんから、SNSやブログなどで出したり、同人誌を作るのはいいんですよ。
あくまでも学院のイメージを壊すものでなければ。
…その同人誌も院長が容認、と言いますか…推奨されているだとか…。
ファンの皆様方の間でも、暗黙のルールがいくつかございます。
「長居はマナー違反。一時間以内で出る」
「生徒に必要以上に話しかけてはいけない」
「携帯番号メアドを聞くなどもってのほか」
「出待ち入り待ち、もってのほか」
「生徒の本名等を明かさない」
などです。
さてお嬢様、お名残惜しいですが、そろそろ会計を済ませて出ましょうか。
ドア付近にレジがございます。
かなりアンティークなので始めてご来院された方々は、インテリアかと思われるそうです。
剣虎牙がおりますので、その伝票をお渡しください。
ええ、伝票ホルダーも素敵でしょう。それは白蝶貝風ですね。
ほかには大理石風と琥珀風、三種類ございます。
「どうもありがとうございました。またのご来院をお待ちしております」
ずっと仏頂面だった虎牙がお辞儀した後、顔を上げると少し長めの前髪からのぞく瞳は優しく、少しはにかんだような笑顔を貴女に向けました。これこそ彼の人気の秘訣ですが、実はそれだけではございません。
さ、外に出ましょうか。
木製のドアを虎牙が、まるで執事のようなふるまいで開けてくれていますね。あのはにかんだ笑顔で。
不良っぽい外見にそぐわず、紳士的な面もございます。
彼は案外、女性や子供、動物にも優しいみたいですよ。
いかがでございますか?
この学院にはほかにも生徒が多数在籍しておりますが、本日ご覧になった六名が、特に人気の高い生徒たちです。
薔薇のアーチを抜けるとそこは汚れた都会。
乙女たちは少し危険な薔薇の香りを堪能するため、また足を運びます。
乙女たちにひとときの夢を見せてくれる楽園。
それが、カフェ・ギムナジウムなのです。