乙女たちの楽園 2
「本日のオススメと、薔薇のジャム入り紅茶ですね。かしこまりました」
カウンター内の教授にオーダーを告げて、奥の厨房に向かう理央をご覧ください。
中に入る寸前、すれ違ったアドニスの肩に手を置き、耳元に何か囁いて――アドニスは色っぽく微笑んでおりますね。近くのテーブルから、小さな話し声が上がっています。
「ね、今の見た?」
「うんうん、やっぱりあの二人、いい雰囲気よね」
ああいうスキンシップが、この学院ではお客様へのサービスの一環となっております。
…はい? それを「サービス」と言ってはいけないのですね。二人の関係からくる、ごく自然の行動ですね?
申し訳ございません。わたくしも少々、勉強不足でした。
そうですね、お待ちいただく間に本でもお読みになりますか?
レジの隣に、オーク材のアンティークな書架がございます。
雑誌や漫画の類はございません。
アルチュール・ランボー、シャルル・ボードレール、ジャン・コクトー、トーマス・マン、アン・ライス、オスカー・ワイルド、森茉莉、三島由紀夫、北原白秋、中原中也…ほかには美術書、哲学書、ラテン語の辞書などがございます。
なんでも、院長のお気に入りのコレクションだとか…
状態がとても良いですね。ここだけの話、読む人があまりいないらしいですよ。
皆様、読書よりも生徒たちの様子から目が離せないご様子だそうで。
「お待たせいたしました」
薔薇のジャムが添えられた香りの良い紅茶…。
ここの薔薇ジャムは、海外の薔薇園と提携して特別生産しておりますもので。決して偽造品ではございませんよ。
本日のオススメは、アプリコットとクリームチーズのタルトですね。
金色のシュクル・フィレ(糸飴細工)のカゴの中は、アプリコットとチェリー、その下はなめらかなクリームチーズのタルト。
隣に添えられた洋梨のコンポートとハート型のチョコレート細工も、乙女の皆様方には嬉しい演出ですね。
ほら、ミツキが来ましたよ。
「ようこそ、ボクらのお茶会に。イカレた帽子屋に見つかる前にドーゾ☆」
さあ、お手をどうぞ。
手のひらにキャンディーを乗せてくれましたね。
この宇佐美ミツキが直接お菓子をプレゼントしてくれて、さらにそれ以上にスイートな極上の笑顔。
これに癒やされたいため、日替わりのオススメメニューはいちばんお値段が張るスイーツにも関わらず、彼が授業に出ている日は売り切れ必須だとか。
この学院は専門のパティシエである教授がおりまして、すべて手作りでございます。
こことは別にございます「二号館」にもパティシエの教授がおりまして、出されるスイーツはまた違っております。
お味はいかがですか? おいしいでしょう?
茶葉もコーヒー豆も吟味されたものを使用しておりますから、他の“従業員の顔だけで金を取って味は適当”なお店で味わうものとは、ひと味もふた味も違います。
その割にお値段はごく普通のお店と変わりませんから、普段ご趣味に財産をつぎ込まれる女性方にも、足繁く通っていただけるというわけです。
そこも、お若い頃は苦労をされた院長の方針なのだそうで。
「申し訳ございません。ただいま満席で。こちらでお待ちいただけますか」
ジャケット無しのスタイルで、声優ばりのいい声の持ち主は、スポーツ万能の天羽鷲一です。
学院一の長身で硬派、それに弟思いです。
レジ横のソファーに三人組のお客様を座らせた彼は…。