背徳の楽園 1
温かみのある煉瓦造りの学院は、全ての明かりが消されると、ひんやりと無機質に見える。
外灯だけに照らされたアーチの薔薇も、学院に添えられた花というよりは、外部からの侵入を阻止する棘のようだ。
玄関にいちばん近いアーチ窓の下、煉瓦の壁際に制服姿で膝をかかえて座る、宇佐美ミツキがいる。あのはじけるような笑顔は無い。外灯を受けて輝く瞳は、いつもの屈託の無いそれではなく、涙を溜めているようだ。ふいにカリッという音が響いた。ミツキが舐めていた飴を噛んだ。
「ミツキ…こんな所に呼び出して何だ?」
剣虎牙が不機嫌そうに、壁際で丸くなっているミツキを見下ろしていた。
「わかってるだろ、ボクが呼んだ理由」
地面に目線を落としたまま、ミツキが答える。
スラックスのポケットに手を入れ立ちつくす虎牙に目線を合わせるように、ミツキは勢いよく立ち上がった。
「やっぱ虎牙にはわかんないよね」
無理に笑うミツキに、虎牙は眉をひそめて問いかけた。
「オレが何かしたのか?」
ミツキはかぶりを振った。
「してないよ。してないから…呼んだんじゃないか」
意味がわからず口を開きかけた虎牙を遮るように、ミツキの手が虎牙のジャケットの襟をつかむ。
「ミツキ…?」
「虎牙、冷たいじゃん! 学院内であんまり話かけてくれないし、休日だって一緒に出かけてくれないし」
虎牙の目は一瞬、ミツキの不安そうな表情をとらえたが、すぐに戸惑ったように逸らした。
「…何か必要なことがあれば、ちゃんと話してるじゃねーか」
「必要なことだけ? じゃあ、ボクが虎牙のことを好きなのは、必要じゃないの?」
外灯に照らされた虎牙の頬が、少し赤く染まっている。
「わかってるよ。けど、オレは…その」
明かりとミツキの詰問するような視線から逃れるために、虎牙は体をよじらせた。
「“その”? 何?」
「どう、接していいかわからねぇ。誰かとこんなふうに付き合ったことねーし…」
虎牙の胸元が不意に温かくなった。ミツキが虎牙を強く抱きしめている。こすりつけられた頬の温かさが、シャツ越しに伝わる。第二ボタンまで開けているせいで、柔らかな癖毛が肌をくすぐる。細い指が虎牙のジャケットの背をしっかりとつかむ。
「虎牙のばか」
「…そのばかに好きっつったのはお前だろ」
つっけんどんな言い方をしていても、うわずった声が、冷たく突き放したわけではないことを伝えている。
ミツキが顔を上げて背伸びをした。鼻が触れあうほどの近い距離に、虎牙が一瞬たじろぐ。
「こういう時は、抱きしめ返すんだよ!」
虎牙の頬が、さらに赤くなる。
ミツキの背中にようやく、虎牙の遠慮がちな右腕が回された。
待ち構えていた虎牙の腕だが、ミツキはふくれっ面をした。
「抱きしめるっていうのは、ボクみたいに両手でしっかりと!」
「こんなとこで、誰かに見られたらどうすんだよ」
ミツキは虎牙から離れた。ふたりの間に、夜の冷たい空気が吹きこむ。
ミツキは虎牙の手を握ると、建物の裏側へと回った。外灯も無く真っ暗な露地。砂利を踏む音だけが、やたら大きい。
砂利の音が止まった。と、虎牙もつまづきかけて止まった。
「ここなら、誰にも見られないから」
振り返ったミツキの両腕が、虎牙の首に回って抱き寄せる。




