苦悩の楽園 2
「定番のオムライスやカレー、ハンバーグなどといった男性に好まれるメニューが大半です。ドリンクはコーヒー、紅茶、コーラ、ジュース類でして」
普通の大衆的な喫茶店ですね、と森田はつけ加えた。
『乙フェス』用のメニューのチェックをしていた院長は、ルビー色に輝く万年筆でペン回しを始め、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふん、勝ったわね。どうせ男性の発想でしょ。乙女の禁断の園に紛れてハーレム気分みたいな。じゃあ、うちの学院を誤解して真似ただけね。執事喫茶やホストクラブみたいなのとは訳が違うのよ。うちの生徒たちの甘く危険な関係を、最高のお茶とスイーツとともに、お客様に妄想していただくためにあるのよ!」
「メニューを見ても、あまりミッション系スクールというイメージでもないですからね」
『カフェ・ギムナジウム』のメニューはケーキやパイ、クッキーやスコーンなどの焼き菓子類が主で、甘い物以外は卵やきゅうりなどの、小さめにカットされたサンドイッチがあるだけだ。
そこも院長のこだわりで、“イケメンの前で乙女が分厚いサンドイッチを頬張れない”という配慮もある。
ドリンク類はコーヒーや紅茶が数種類あるが、あとはココアとミルク、冬季限定のホットオレンジがあるだけで、その他ジュースやコーラの類は無い。
ホットオレンジは院長の数あるこだわりの一つで、昔読んだ漫画の影響で、男子校といえばホットオレンジなのだそうだ。
「そうよ! 所詮エロゲに夢中なキモオタ男子には、うちのような崇高で美しい背徳の世界を生み出せなくってよ。オーッホッホッホ」
「むちゃくちゃ言いますね、院長…。あ、募集要項には、ピアノやヴァイオリンなどの特技を持つ方は特に大歓迎、だそうで」
院長は天板を激しく叩いて立ち上がった。
はずみで飾り物の羽根ペンが倒れ、その隣にある銅製の馬も浮き上がり、森田も椅子から浮き上がりそうになる。
「鷹二のパクりね…許せないわ…! あの子を、お客様に聴かせるまでのヴァイオリニストに育てるの、どれだけ大変だったと思ってるの!」
天羽鷹二の履歴書の特技欄に“ヴァイオリン”とあったために即、採用を決定した。後に院長は、雷に打たれたような衝撃だった、と語っている。
「見てらっしゃい、いつまでも息が長く続かない事を知らしめてやるわ」
「院長、何か戦術がおありで?」
「戦術なんて必要ないわ。慌てなくても、向こうとうちでは客層が違うの。うちはこのまま、このスタイルを貫き通すのよ!」
院長は銅製の馬を撫で、不敵な笑みを浮かべた。妖艶というより、怖い。
「『乙フェス』の『旧制高校カフェ』を大成功させて、この学院を“コンセプト・カフェの金字塔”の地位に上げてみせるわ!」
届いたばかりの書生服と学生服をチェックしている森田。院長もイベントスペース内のレイアウトをチェックし、もう一度メニューに目を通す。
時は大正。学舎では独逸語・哲学・歴史の本を、手垢がつくまで読みあさり、寮では寮歌の合唱とストームの騒音。
時は平成。執務室では『乙フェス』に関する書類を、手垢がつくまで目を通し、同じフロアの更衣室では生徒たちのふざけた騒音。
あまりのやかましさに、院長じきじき更衣室に乗りこんで怒鳴る始末。
「あんたたち! 静かになさい! 外まで聞こえたら、うちのイメージが台無しよ!」
「院長…ノックぐらいしてくださいよ…。つか、院長の声の方がデカい…」




