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ビクトリアンの楽園 2
先ほどから流れている天羽鷹二のヴァイオリンは、パッヘルベルの「カノン」です。
曲が終わりましたね。ソファーでお待ちのお客様も拍手喝采です。
「どうだった? 兄さん」
レジにいる兄の天羽鷲一に感想を聞く鷹二。
「音の伸びが軽やかだったな。気持ちに余裕が出たみたいだ」
そう言って優しく目を細め、弟の頭を撫でる兄。
鷹二も嬉しそうですね。
お客様に聴かせるためのヴァイオリンですが、本当にいちばん聴いてほしい相手は、鷲一なのでしょう。
さて、夢のような甘い果実の楽園も、そろそろ去る時が来ましたね。
ええ、後ろ髪を引かれる思いは、わたくしでも充分お察しします。
今宵は彼らの夢をご覧いただけるといいですね。
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中庭の東屋で月夜の逢い引き。
談話室では尽きることのない、シェークスピアへの賛辞。
図書室でゲーテを読み耽る先輩を、書架の陰からのぞき見るあどけない後輩。
若気の至り、若さゆえの過ち、世の中なんてなるようになるさ、どうせ彼らはケ・セラ・セラ、などと侮るなかれ。
一生涯かけて誓った熱い想いを、一篇の詩にこめ君に捧げる。
乙女たちは一生涯かけて熱い想いを、妄想に妄想をこめ己の道に捧げる。
そしてこの世はケ・セラ・セラ。
財布の中身もケ・セラ・セラ。




