プロローグ
まだ連載中の作品があるのに、つい書きたくなって作ってしまいました。どちらも気長にお付き合いくだされば幸いです。
満月が煌々と闇を照らす深夜。一人の青年が、とあるビルの屋上に佇んでいた。その青年を一言で表すならば、【黒】という言葉が当てはまるだろう。足元を固めるブーツ、羽織っているフード付きのコート、身に着けている服の全てが、夜の闇と同じ漆黒で統一されていた。それだけではない。青年の両手には中世の騎士が着けるような手甲が填められ、顔には双眸に当たる部分だけがくり貫かれた仮面を着けている。そのどちらもが服と同じく黒に染め抜かれ、表面には禍々しくも繊細な紋様が彫り込まれていた。異形──正にその言葉が相応しい出で立ちだ。そして、青年を更に異質たらしめるのは彼の手に提げられた長い物体──鞘に納められた日本刀。そして仮面にくり貫かれた双眸から覗く真紅の瞳だった。そんな異形の青年は軽い足取りで屋上の端に歩み寄ると、危なげもなくフェンスの上に飛び乗った。
『こちら【鏡面世界】(ミラーワールド)。【黒衣】(クロエ)、標的は発見できましたか?』
青年がフェンスに飛び乗るのとほぼ同時に、その耳に付けられた小型のインカムから女性の声が聞こえてくる。
「こちら【黒衣】。標的を確認した」
そう答えながら、ビルの遙か下を見下ろす青年。その瞳には、真下を歩く一人の男がはっきりと映っていた。
『了解しました。準備は宜しいですか?』
「こちらは何時でも。そちらの準備は?」
『付近一帯への結界敷設は完了しています。何時でもどうぞ』
インカムの向こうから聞こえた声に、青年は軽く頷く。
「了解。状況を開始する」
そう呟いた次の瞬間、青年の身体はフェンスの向こう側、漆黒の闇へとダイブしていた。青年は重力に導かれ自由落下。そして物理法則を無視した軽やかさで地面に降り立った。その目の前には、先程青年がビルの屋上から見下ろしていた男がその場にへたり込んでいる。
「こんばんは。良い月夜ですね」
漆黒の仮面の奥で、少年は男に微笑みかけた。