出会い
イヨがソレに気づいたのは、食堂での食事を終えてしばらく時間が経ってからだった。
「あ……エクラ忘れてきた……!」
イヨに遅れて部屋の整理を終えたサナは、ベッドに寝転がって本を読んでいたが、イヨの声に驚いたように顔をあげる。
「え、どこに? 今日は使ってないはずだけど……」
「多分、図書館。ちょっと見てくる」
寝巻きから制服へとあわてて着替えるイヨ。その慌てっぷりが服にもあらわれている──例えば、ボタンが二つほどズレてつけまちがえているところが。
「イヨ、落ち着きなって、ボタン間違えてる! どうするの、もうこの時間じゃ図書館閉じてるし……第一、見つかったら先生に怒られるよ?」
「そうかもしんないけど、明日の朝から早速晶術の授業なのに……準備できないと落ち着かないし。行ってみるだけ行ってみる」
上着を羽織り、紺のソックスに深緑のプリーツスカートをはいて──鏡でとりあえず身だしなみをチェックして、音を立てずに部屋から飛び出した。
教師に見つかってしまえば、それこそ寝巻きのままでも同じではあるが、制服であればまだなんとか言い訳できるかもしれないと考えた次第だ。
なるべく音を立てずに、しかしすばやく移動をする。
普通に考えれば図書館はもう閉じているはずで、入る事は不可能だ。
とはいえ、あのままじっと朝を待つのもイヨは落ち着かなかった。無駄な行動は承知だが、やれるだけやってみようと思ったのだ。
廊下を渡り、階段をおりて、寮から少し離れたところにある図書館へとたどり着く。
案の定図書館の窓は真っ暗で、ドアノブに手をかけてみるが──ガチャガチャと音がするだけで開かなかった。
「……どこか開いてないかな……」
それでも諦めきれず、ドアの前でしゃがんだりと無意味な行動、もとい悪あがきをしていると、
「入りたいの?」
しまった、見つかった!!
とっさに立ち上がって、振り返る。
どうしよう、言い訳は──ええと、
「あ、……?」
なんとか考え付いた言い訳を言おうとして口を開き、しかしそのまま目を見開いて硬直した。
目の前には少女が立っていた。
月明かりに照らされて透き通る銀髪の髪は肩まで伸びており、その見た目はイヨより少し年上に見える。
着ている服はどこかで見た事があるのだが、思い出せない。学院の制服ではないし、見知らぬ少女だが──何より目を奪われたのはその燃えるように赤い瞳だった。知らない人なのに、なんだかその瞳を見ていると、懐かしいような……。
「入らないの?」
端正な顔立ちの目の前の少女が口を開く。
「あ、いや、入りたいんですけど……鍵があかなくて」
「ちょっとどいて」
少女がイヨに扉の前から退くように促す。言われた通り移動すると、少女が鍵穴へと手をかざす。──その途端に、カチャンと音がしてひとりでに扉が開いてしまった。目の前の出来事にイヨが何も言えずにいると、
「入っていいよ」
と、少女が一言告げて図書館へと躊躇いなく入っていく。イヨもその言葉に我に返って、続くように中へと入って行った。
図書館は月の明かりで薄暗く視界は悪かった。相当な広さではあるが、自分がどんな行動をとっていたのか思い出しながら探していると、あっけなくエクラは見つかった。
「あった!」
ホッとしてポケットにエクラをしまいこむ。
エクラ、とはいってもこれはまがい物だ。晶術の練習用に生徒に渡されたもので、本物よりも威力はない。しかし明日からその授業だというのに、忘れてしまっては意味がない。イヨが何よりも楽しみにしていた授業なのだからなおさらだ。
ふと、そこで気づく。先ほどの少女は、どこに行ったのだろう──?
探し物に夢中で全く気づかなかった。お礼も言いたいし、と思いながら少し図書館内をうろついてみると、図書館の壁に人一人入れるような、正方形の穴が開いているのを見つけた。
ここはただの壁だったはずだけど……
おそるおそる穴をのぞいてみると、下へと続く階段が見えた。更に暗くなっていて危険ではあるが、もしかして彼女は此処をおりて行ったのだろうか。先生に見つかったら怒られてしまうかもしれない、怖い、という気持ちよりも好奇心のほうが勝り、イヨは慎重になりながらその階段を降りていく。
石でできた階段は古いようだが、どうやら此処を使っている人はいるらしく、埃もあまりない。ところどころに松明がありそれでなんとか足元が見える状態だった。教職員用の部屋になっているのだろうか、或いは倉庫か。
どれだけ階段を降りただろうか。
ようやく石の床へと足がつき、一息つくと──目の前に先ほどの銀髪の少女が立っていた。
「あ、あの……」
お礼の言葉を口にしようとして、彼女が何かを持っているのに気づく。
それは、エクラだった。普通のエクラとは違う、ほのかな色ではない。はっきりとした、まるで炎がそのまま結晶に閉じ込められているような赤。
「……セリカ。貴方は」
セリカ、という単語が少女の名前だと気づくのに数秒かかった。あわてて「あ、イヨです」と自分の名前を名乗って、それから疑問を口にする。
「あの、貴方は此処へ何しに……?」
セリカが口を開く。
「私は、私の魂を取り戻しに来た」
──!!
何かが、頭の中へ飛び込んでくる。
バチバチと音を立てて、白い光が視界を覆う。
誰かが、何かを言っている。
誰なの?
貴方は、
私は、
それは、
君は、
頭の中の、いくつもの糸が絡み合って、ほどけなくなって、視界が真っ暗になっていく。
イヨはそこで気づいた。彼女が、噂の赤い怪盗なのだと。
それはもう、本当に今更であったのだけれど。