騒動
──此処はどこだろう?
ドクドクと心臓の音。
周りには見知らぬ人々。武器をもち、簡単な仕組みの鎧をつけている彼らは、重苦しい雰囲気を纏っている。
殺気がうずまいて。
緊張が張り詰めて。
誰かが、叫ぶ。
「さぁ、取り戻せ!」
そして、赤い瞳が、
──
「!! はぁっ、……はぁ」
そこで、"イヨ"は目がさめた。
それが夢だったと気づくのに数秒の時間を要した。
悪夢、といわれるとそうではない気がする。
そうではなくて、でもなんだか、すごく嫌な──
「イヨ、早くしないと遅れるわよ?」
廊下から聞こえてくる母親の声。
そうだ、夢の事はどうでもいい。
さっさと支度をしなければ。
イヨは軽く頭を横へ振って、母親の声に「わかってる、今支度するわ」と返事をした。
──
支度を終えて、自宅を出る。
朝特有の匂いと、涼しい風。この暑い季節でもっともすごしやすい時間だとイヨは思う。
この時間でもやはり王都だからなのか、それなりに人でにぎわっている。
しかし今日は──いつもよりちょっとその雰囲気が違うような……。
そんな事を考えながら歩いていると、声がかかった。
「イヨ! おはよう、休暇はどうだった?」
明るい茶色の髪の少女が、笑顔を浮かべながら小走りで駆け寄ってきた。
「おはよう、ギリギリまで宿題やってたよ。サナは?」と苦笑いを浮かべながらイヨが答え、サナと呼ばれたその少女は憂鬱そうにため息をつきながら「わたしも、っていうかちょっと終わってない……」と呟く。
「多かったよね……ところでサナ、なんか此処、何かあったの? なんかちょっと騒がしくない?」
「え、いつも賑やかでしょ?」
サナが不思議そうに辺りを見回してから、「あぁ」と何か思い出したようにうなずいた。
「ホラ、また出たんだよ。赤の怪盗! そこの第一研究所にさ。まぁ、何も盗られなかったみたいだけど……。そうだね、イヨん家ちょっと此処から離れてるもんね。まだ知らないか」
なるほど、とイヨはそこで気づく。軍服を着ている人々の姿。それも数人だけではなくサナの話にでてきた研究所のある方向を中心にかなりの人数だ。言われるまで、全く気づかなかった。
それよりも、イヨには"赤い怪盗"の話に違和感を覚えはじめていた。
その人物の話を聞くたびに感じるソレ。なんだか、それは……
「イヨ……?」
サナの声に、ハッとして、イヨはその事を考えるのをやめた。
「あ……。赤い怪盗……ってさ、何が目的なんだろうって。エクラの関連施設ばかり狙ってるっていうから、エクラが目的なんだろうけど」
イヨの言葉に、サナは小さくうなずく。
「アレじゃない? ほら、いくつものエクラを操る事ができるエクラがあるって」
「そんな事したら、いくらなんでもエクラ壊れちゃうでしょ……。あ、そういえば壊れるで思い出したんだけどね、夏休み中に……」
イヨとサナの怪盗の話はそこで途切れ、段々と話が逸れていく。
その会話がほどよく盛り上がったところで、二人は高い壁に囲まれたレンガで作られたある大きな建物へと入っていく。
魂は全て繋がっている。
イヨが小さい頃から聞かされてきた言葉。誰でも知っている、この世界、エトスティアの常識のような言葉。エトスティアで産まれた者には、産まれながら"一つの体に二つの魂が宿って"いる。
勿論、一つの体にずっと複数の魂が宿っていられるわけがない。肉体がその負荷に耐え切れず、すぐに朽ちてしまう。
だから、天に返すのだ。その魂の一つを。人の体を、正しいものへと戻す。
その恩恵として、天から賜るもの。それが、
「"エクラ"、か……」
イヨは、ぽつりと呟いた。
周りには誰もいない。場所が場所だし、時間が時間なのだから当たり前だ。
誰でもまず始めに習うこと。それが魂は繋がっているという事と二つの魂の事。
自分の体に二つ魂があったなんて勿論記憶にはないし、エクラが天からの贈り物だなんてイヨはあまり信じていなかった。
しかし、たしかにエクラは存在していて、この世界に必要なものとなっている。
エクラ。
必要のない天を神様に返して、恩恵としてもらう大きなエネルギーの結晶。
その形やサイズはバラバラだが、大きくても大人の手のひらくらいだ。大きさによって使える力の大きさや時間も決まっている。そして微かに色がついており、その色によって用途も変わってくる。例えば、赤いエクラであれば列車を動かしたり、青いエクラであれば水の流れを変えたりする。
エトスティアには欠かせないエネルギー源であった。
エクラの力は勿論、武力にも使われている。
その技術の一つ、晶術。エクラの色と大きさを利用して、炎や水、風を操る術。
当然、その技術のための教育機関も存在する。
ベラエレツ王国の首都、ルブルムに在るベラエレツ王立晶術学院はその一つだ。規模も大きく、また高いレベルの晶術や、それに関する技術を学べる事から外の国から通っている生徒もいる。
イヨもその学院に通う一人だった。
今は放課後。
昨日までだった夏の長期休暇も終わり、実家での生活から再び寮の生活へと戻ってきた。
大量にでていた宿題もなんとか休みの間にすませた。友人であるサナは、まだ終わってないところもあるらしく放課後も居残っている(強制的に)。
ルームメイトでもある彼女を待つ間、イヨは暇つぶしにと図書館へと足を運んだのだった。
寮での荷物の整頓が忙しいのだろうか、いつもは夕暮れの時間でもそれなりに図書館を利用している生徒たちの姿は全く見えない。荷物を普段からあまり持たないイヨにはそんな時間はそれほど必要ではなかったが。
「ごめん、終わったよ! やー、もう……ルファ先生厳しいんだもんなぁ」
とっぷりと日が沈んだ頃、ようやくサナが図書館へとやってきた。
ルファはイヨのクラスの今回の宿題担当だ。
期日には厳しい先生だから、サナも相当疲れているだろう。実際に彼女の足取りはフラフラで、疲れきった表情だった。
「大丈夫? じゃあ、早く行こうか。食堂、そろそろ閉まっちゃうだろうし」
サナを気遣いながら、イヨは苦笑いを浮かべた。丁度図書館も閉館の時刻だ、丁度良いタイミングだった。
二人は、話し切れなかった夏休みの話題を話しながら図書館を後にした。