暗転するストーリー
放課後になると、砥傾の機嫌も元通りだった。
午後の授業は身体を動かす授業だったので、砥傾の馬鹿さが露呈する事もなかったからだ。午前中の失態が嘘のように大活躍。多分。
「さ、帰って今夜に備えましょう」
……そうだ。
あくまで砥傾の目的は融解犯を殺す事。
これは仮初の日常。分かっている。
「悪い、今日はバイトだ」
「バイト……そっか、だから昨日あんな事に」
「そういう事だ」
透明ちゃん、だったか。
そんな奴に襲われて、砥傾と出会った。
「だったら外で待ってるわ」
「喫茶店だし、中に居ろよ」
「喫茶店? 似合わないわね」
「うるせいやい」
後ろに砥傾を乗せて、自転車を発進させる。
すれ違うクラスメイトに手を振りながら、学校を後にした。
※
「ここから、ここまで」
「お客様、その代金は誰が払うと思ってやがりますか?」
「あんた」
「ふざけるな」
俺の今日最初の仕事は、どうやら迷惑な客の接待のようだ。
とりあえず、と前置きをした上で今の発言。序章かよ。
「ケチケチすんなよな。じゃあとりあえずケーキと紅茶」
「だから何だとりあえずって」
軽はずみに待ってる間適当に食ってろとか言うんじゃなかった。
こいつは遠慮しないというのを失念してた。
「あとオムライス二つ」
「二つ!? 別にバージョンが違ったりするわけでもないのに!」
「いいでしょ。好きなのよ」
好きで二つ注文するとは。昨日の食欲旺盛さかも薄々分かってたけど、こいつは健啖家だ。
「文字はどうする?」
「砥傾夕歌様に永遠の服従を誓います」
「死ねか、分かった」
「分かってないじゃない!?」
※
「終わった……」
九時を過ぎた頃、ようやく仕事が終了した。
あの後も砥傾は注文を繰り返し、俺のバイト代数日分が消し飛んだ。
恐ろしくて泣きそうにもなったし。
「……俺、何の為に働いてるんだっけ」
そんな事を考えさせられる程。
ちなみに理由はバイクが欲しかったからです。
着替えを終えて外に出る。街頭がそこら中に点在していて明るかった。
「えーと」
なのに、砥傾の姿を見つける事が出来ない。外で待ってるって言ったくせに。
一通り見回してみるも、やはり居ない。どこ行った?
「携帯、は無いし」
どうしよう。
「頭も、悪いし」
言ってみただけ。どこかで聞いてて襲い掛かってこないかと期待して。
しかし見つかりそうにないので、通りすがりの人に聞いてみることにする。
「あー、すいません。この辺で赤い髪の女の子見ませんでした?」
「居たよ。向こうの方で」
「どうも」
言われた方へ自転車を漕いで向かう。全く、本当に自分勝手――だ、あ?
あいつは今日一日、頑なに俺から離れようとしなかったのに。囮である俺から。
その行動を覆す事があるとするなら……融解犯を見つけた時。
「まさか」
自身の考えにかぶりを振る。
融解犯の正体なんて分からない。犯行現場を押さえないといけない。
だからこそ、俺が生贄……もとい囮に選ばれたんじゃなかったのか?
囮と離れるのは嫌だって、言っていたじゃないか。
「だとすれば」
嫌な予感がする。否定する。それはあいつ自身が否定した事だ。信じてもいいと思えた事だ。
何より今俺がこうしていることが裏付けとなっているんじゃないか。
深入り出来たのも、学校へ来れたのも、全てが潔白を証明してるんじゃないか。
――心臓が跳ね上がる。
「は、あ」
呼吸を上手く出来ない。
汗が溢れる。
違う、否定する。違う、否定しろ。違う、否定する。
あいつは俺を助けてくれたじゃないか。
「だから――信じる」
自転車を放り出して、近くの路地へ飛び込んだ。
それはどれだけ愚行か。昨日の俺から何を学んだのか。
それとも、もう一度危機に直面すれば、颯爽と現れると信じたのか。
――それは間違いだったんだ。
焼けるような臭いが鼻をつく。
流れる液体が足元に溜まる。
――俺はお前を、
「信じたかった、のに……!」
見るも無残で凄惨な光景。
その惨状の中、悠然と佇むその姿は。
俺が見惚れた紅蓮の髪の毛。
俺を救った鮮烈な赤。
「砥傾――夕歌ぁぁぁぁ!!」
目から零れる液体を拭いながら、俺は。