終末のイメージ
――その姿に魅入られたのは事実だ。
夜の黒を蹂躙してしまうかの様な、圧倒的で暴力的な赤。
悠然と立つその姿に、心を奪われたのは。
紛れもない真実そのものだった。
※
「何故ついて来る」
「囮から目を離すのは不安で仕方ないの」
登校中、一所懸命に自転車のペダルを漕ぎながら問いかける。荷台に当然のように座っている砥傾夕歌に。
「二人乗りはダメ絶対」
「煩い。黙って私に傅きな」
「黙れ。お前こそ俺を守りやがれ」
もう止めよう。喋ると余計に疲れる。こいつ、平均より重いんじゃねえの?
「ほらほら、遅いわよ。遅刻しちゃっていいのかい」
「お前が、昨日……俺の、ベッドを」
切れ切れに反論しつつも前進。
砥傾は勿論、俺の家に絶賛宿泊中。食事も遠慮無いし、言い訳も如才無いし、実に自由だった。
「正直、襲われるぐらいの覚悟はあったんだけどねー」
「一瞬でドロドロじゃねえか」
「ドロドロ?」
「勿論俺が!」
語気を荒げて叫んでいると、周囲の視線を感じた。
そりゃそうだ、今は登校時間真っ盛り。加えて真っ赤な頭髪は目立ちすぎる。
これも、砥傾の策謀だろうか。
「見られてる見られてる。浮いてるわね」
「額面どおりの意味で、浮いてくれると助かる。お前、重い」
「な――」
「嘘だ。嘘吐いた。だから落ち着け」
思い切って毒を吐いてみたものの、両腕が腰をホールドしたので撤回。
ドロドロは嫌だ。
「おー、快適快適」
速度を速める。
砥傾が俺の腰に回した腕を解かないから、余裕で緊張している。相変わらず良い匂いだし。熱くなった顔を冷ます為の対処である。
「おお? 何か動悸が激しいぜ?」
「やかましいんだよ、お前の所為だろうが」
普通にハグされて興奮気味なのと……そんな光景に殺意を顕にしている周囲の視線。
何ていうか、融解犯に会う前に殺されそうだぞ俺。
「ちくしょう、さっさと……」
その続きを言うのは、憚られた。
さっさと融解犯出てこいよ。
融解犯を捕まえて――殺して、こいつは一体どうなるのか。
性格の悪い事を言うけれど。
例え殺しても、それは融解犯の犯行に組み込む事が出来る。結局誰も、融解犯の正体なんて知らないのだから。
それとも砥傾は、自主でもするんだろうか。そもそも、生きる全てを失った砥傾はその後の人生どうするのか。無気力に、無意味に、過ごすのだろうか。
性格の悪い事を言う。
だったら、融解犯なんて……見つからなくていいと思った。
「……さっさと、学校着かねえかな」
「そうね。お尻が痛い」
砥傾の性格の悪さも筋金入りだけど、俺も人の事は言えないな。
※
「何でお前がついてくんだよ」
「さっきの会話の焼き直し? 囮から離れるのは嫌なんだ」
到着する少し前に、一度自転車を止めて降りるよう促したものの、頑なに拒否された。果ては授業を受けるなどとイカれた一言まで。流石にそれは無茶苦茶だと思いつつも、とりあえずは遅刻回避の策をとった。
掻い摘んで話そう。
校門に居る教師の目を欺こうとするも失敗。仕方が無いので制止する暇を与えない程の猛スピードで特攻。無事潜り抜けるも職員室に呼び出され。今しがた、有り難い説教を終えた所なのだ。
まあつまり、今の一言は皮肉だった。
「しかもなんだ、何故だかお前も授業に出れるらしいぞ」
「え、何で?」
素直に驚いたのだろう、素っ頓狂な声をあげて目を剥いている。
「よく分からんが、外部との交流がなんとか」
口から出任せ。
こいつの事だから教室の後ろで本でも読みながら「気にしないでどうぞ」とか言いそうだったので、俺が嘆願して許可を貰ったのだ。いちいち俺が説明するのも面倒だから、教師を味方に。
説得するのに苦労した分、砥傾にはしっかり勉学に励んでもらおう。
「ほら、行くぞ」
「う、うん……」
やけに殊勝な返事をして、砥傾は俺と教室へ向かった。