最終へのアクセレレーション
「……は?」
「融解犯は確かにはっきりと、君の名前を発音したんだ」
ウラが、俺の名前を? 俺が、ウラの父親?
意味が分からない、理解できない。
そもそも俺たちは初対面じゃなかったのかよ、砥傾。
「俺、が? いや待て、同じ名前の別人かもしれない」
「そうだね、その可能性もあるかもしれない。けれどウラが接触してきた事で、それはもう確実でしょ?」
「……う」
否定出来ない。
わざわざ俺に接触して、殺そうと襲い掛かってきたんだ。偶然じゃない。
「でも何でだ、俺にはあいつと会った記憶は――」
ある。あるだろう。
薄っすらとした記憶の中に、居るだろう。澄み切った空の下で、寂しく佇む鮮烈な赤色。
決まって呟く「さよなら」。
「な――んだ」
頭に激痛が走る。
掘り起こそうと無茶な作業をしているのか。痛む頭を押さえながら、忘却の檻をこじ開ける。
「あ……ああ」
彼女は笑う。彼女は照れる。彼女は悲しむ。彼女は泣く。
彼女は怒る。彼女は拗ねる。彼女は喜ぶ。彼女は、彼女は、彼女は。
「……倉くん?」
一度開けると後は簡単だった。
堰を切ったように溢れてくる。
そうだ、俺は。
――僕が。
悲しむ彼女に。
――僕が、君を。
言ったんだ。
「助けてあげるって、言ったんだ」
泣きじゃくる彼女を抱きしめて、そんな無責任を言った。
だけど俺には、あったんだ。彼女を苦しみから解放する方法が。
それが、新たな苦しみを生むなんて知りもせず。
「俺が、ウラを、創ったんだ」
この手で。
「そ、して」
思い出した。それは辛く残酷な真実だ。
それは変えることの出来ない真実。
「砥傾の両親を殺したのは、他ならぬ――砥傾夕歌……だったんだ」
思い出した。全部思い出したよ夕歌ちゃん。
僕は……俺は、君に会ったことがあったんだ。
そんな君を助けたくて、俺はこの手を伸ばした。
「大丈夫かい、倉くん」
「……え?」
暖かい。
暖かい涙が零れていた。
全て思い出して、涙が出た。
「何だよ俺、ずっと前から砥傾の事が好きだったんだ」
周囲を蹂躙する紅蓮に魅入られたのは……ずっと昔の遥か遠く、幼い頃の事だった。
その時から、俺はずっと砥傾に好意を持っていたんだ。
思い出した。
「ずっとずっと、大好きだったんだ。何でこんな事忘れてたんだろうな、俺。馬鹿すぎじゃん」
嗚咽しそうなのを堪えて、言葉を紡ぎ出す。
「例えその場凌ぎでも、好きな奴を守りたくて」
騙して。欺いて。
「その裏で傷付く奴を創って」
背負わせて、狂わせた。
「ああ、くそ」
俺はどれだけウラに辛い事をさせたのか。
謝ったから許してもらえるとは絶対思わない。けれどそれでも、謝ろう。謝らなきゃいけないんだ。
「俺、行くよ。ウラの所へ……砥傾の所へ」
「……うん。事情の説明をしてもらいたい気持ちはあるけど、今はいい」
「助かる」
俺は、創る事が出来る。
ウラを創ったのは、他ならぬ俺なんだから。
けれど幸せは創れずに。不幸だけを量産した。
その程度の、ちっぽけで下らない――創造者だった。




