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歩道での事故で大学生が死んだと、携帯の待ち受けに報道が流れていく。
誰かの訃報は、毎日嫌でも耳に入り、目に飛び込んでくるが、時間が経てばそれは自然と忘れ去られる。思い出すということを各々がしないからだ。
どうせ他人事だからなぁ、と僕は携帯を閉じる。血みどろの話を聞きながら朝を過ごすのはもう慣れた。惰性的なものだろう。
だから、今の僕の務めは世情を憂う事ではない。
新しい環境で暮らしを始めるのだ。その中で、いかに一定の地位を築くか。それを僕は思索していた。
進学校の体育館である。偏差値は60を優に越えているこの高校の新入生として、僕はパイプ椅子に腰掛けていた。
周囲のざわめきは大きくない。同い年の連中のほとんどは、手を膝の上に置いて、軽く俯いていた。自分は規律を守れると、学校に誇張しているのが窺える。
不本意だが、僕もそれに倣おうと思う。無駄に格好付けて、この時点で浮いてしまうよりかは、模倣して空間に溶け込む方がまだマシだ。
そう考え、実行しようとした矢先、視界にひとりの人間の姿が入ってくる。
首の付け根まで伸びた、不自然な黒色をした髪を持つ新入生が僕の傍を通り過ぎ、斜め前の空席に腰を下ろしたのだ。
服装から、その生徒が男子なのは見て取れる。
背中だけを見つめても、詳しい事は何もわからないが、彼の隣に座る生徒は明らかに戸惑って、顔をちらりと左に向けていた。軽そうな奴、と長い黒髪を眺めながら僕は目を細める。
頭さえ良ければ、素行の悪さなど関係無いのだろうか。この学校に通う為に、血を吐くほど力を尽くして、それでも駄目だった奴等も居たはずだ。そういうのを蹴落として今ここに座っている彼は、どれほどの賢才なのかと少しだけ興味が沸く。
程無く、沈黙と起立とを促すアナウンスが体育館に掛かり、それを耳にした全員が一様に椅子を揺らして立ち上がる。
教員や役員の訓辞を聞き流しながら、僕は欠伸を噛み殺す。この人達の高説を記憶の片隅に留めておける人間は何人居るんだろうと考えて、居ないんじゃないかと壇上を見つめた。
年配の男女が、時間を食い荒らすように話し続け、一時間ほど経った後、壇上に立とうとする人物が居なくなった。式典が終わったのだ。
教員の誰かが、教室に戻れと告げると、混声が波の様に辺りを覆い始めた。
若い女の教師が僕達の前に立ち、席の後ろに座る生徒から自分の後ろに従えと声を張る。
立ち上がる時、斜め前の彼の顔を見ようと試みたが、それは叶わなかった。