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初投稿です。
拙い部分が多々ありますが、生温かく見守って頂ければ幸いです。
落日が辺りを覆い、街並みに橙が浸透していく。
高層住宅を建てようと稼働していたクレーンも今は静止しており、鉤を真下へ向けていた。
「……でさ、そしたらアイツ言うんだよ」
宙に浮かされているようなその重機から目を逸らすと、βは隣を歩く若い男へと視線を移す。
βは、赤茶色の髪を耳の辺りで切り揃えた白皙の少年である。端整と呼んでも差し支えない外見をしており、均整の取れた細い体と長身が印象的だった。
「なんて言われたんですか、先輩」
問われた彼は苦笑しながら、βの顔を見据える。色素が薄く、少し傷んだ髪をした若い男は、見た目からでは想像も付かない程の優れた頭脳を持っていた。彼の茶色の虹彩に映る自分の姿を認め、βは一瞬だけ動きを固める。
それに気付かなかった男はそのまま歩き続け、βの半歩先を行く。ざり、と足音を小さく立てると、βはその背中を追った。視界の左側では、滑る様に走る多くの自動車が道路を駆けていく。
「アンタ、なんでそんなに自由なのよ、……だって」
男の言葉に、βは困惑しながら笑みを浮かべた。
「彼女さん、的を得てますね」
「そうだなぁ……。なんとも言えねぇや」
言いながら男は、充足感のある顔をした。βは瞬きをすると、わずかに口を開き掛ける。
「でも、先輩の理論が実証されたら、凄いことになりますよね」
「ん……、そうかな?金と資材があったら、試作品は作れるんだけどさぁ」
彼は小さく笑い声を立てると、横断歩道の前で足を止めた。βもそれに倣い、男の斜め後ろに控える。
「……それを作ろうと思い至るだけで、罪過として扱われるんです」
「え?」
タイヤが回る音がβの言葉に被さり、彼は首を後ろに回す。上手く聞き取れなかったのを示したが、βは応えず、彼の目をじっと見据えていた。
「先輩、ひとつ聞きたい事があるんですけど」
βは彼に歩み寄ると、黒い瞳を少しだけ上に向ける。
「あ……、お、おう」
「……あなたは、」
あなたは、世界を守る為に死ねますか。
彼は目を丸くしたが、戸惑いながらも、少し時間を掛けて答えを出し、βはそれに頷いた。
数分後、横断歩道の備わった交差点で、大学生が乗用車に撥ねられる事故が起きる。
角を曲がろうとして、操作を誤った自動車は、信号待ちをしていた彼の背中を突き破り、胴を引き千切った。
アスファルトには点々と血液が飛び、その傍らには、色素の薄い、少し傷んだ髪をした若い男の遺骸が転がった。
円を描く様に集まった人垣の中に、黒髪の少年の姿は窺えない。
沈みきった陽の中で、街灯がまばらに点き始めていた。