第4ひねり:或る喜びと絶望
前回からだいぶ間隔開いちゃいましたね。内容覚えていらっしゃいますでしょうか?今回は、前回比良君との大学ライフを満喫した後の話になっております。
文章は、以前指摘を受けた書き方を見直して書いたつもりです。
「お疲れ様でした」
俺は、すっかり冷え切った夜道を一人歩き出した。
本当は、今日はバイトは休みの予定だったのだが。
みととの予定が無くなったために、俺も店長の必死のヘルプを快諾した。
(そろそろ給料上げてくれればいいのになぁ……)
道端の小石を蹴りながら、ふと手元のバイト先からかっぱらって来た戦利品が目に入る。
(ま、いっか)
家に帰ってから、ゆっくり食しながら考えることにしよう。
俺は、蹴った石の方向に右往左往しながら帰り道を急いだ。
「ただいま」
………………
いつものくれ汰の返事は無い。
PCは俺のカバンに入っているのだから、返事が出来るわけがない。
というのはわかっていても、結構寂しいものだ。
とりあえず、戦利品を冷蔵庫に入れた。
俺は、いつも通り靴下を脱いで、洗濯機に放り投げた。
「入った……か」
いつもみたいにささやかな幸せは感じられない。
いいことあるかも……なんて思わない。
だって、昨日もシュートには成功したが、運勢はむしろ悪かったのだから。
きっと今週は「靴下が入る=運勢最悪」という方程式があるのだ。
ふと顔を上げると、洗面台の鏡に映る俺が居る。
……酷いクマだ。
非常に残念な顔は今に始まったことではないが、気分が落ちている時に悪いことが重なると、もう自分でもどうしたいのかよくわからない感覚に陥る。
意気消沈しながら、俺は部屋に入った。
重力に従うがままにベッドに腰掛け、徐に携帯を開くと、珍しく比良からメールが来ていた。
[送信者:比良 本文:やっほー爽ちゃん。バイトお疲れ様。あれからトクロはどうなった? あ、俺は無事ラヴリー☆コスモを入手したよ。]
「…………」
ご丁寧に、ラヴリー☆コスモのフィギュアの写メまで添付されていた。
どうやら、例の“博士”から譲り受けたらしい。
一体、比良はトクロの心配なのか、コスモやらの入手報告がしたいのか。
どっちに重点を置いてメールをして来たんだろうか。
(両方か)
しかも、男同士のメールって恐らくこんなもんなんだろうが、一切絵文字も顔文字も無い淡々とした中で、いきなり“ラヴリー☆コスモ”なんてのが普通に入ってるのを見ると、自分が怖くなる。
自分が、あたかも当たり前のように、そんな単語が入っているメールを受け取るような人間になってしまったんだろうかと。
仮に、そこに入るのが[無事“ランチャー”を入手したよ]みたいな内容だったら、俺は完全に自分自身に酔いしれてしたかもしれない。
喜んで[了解した。敵に気を付けろよ。]なんてシリアスなやり取りを楽しみたい。
しかし、現実はあくまで“ラヴリー☆コスモ”だ。
「何て返せばいいんだよ……」
俺は頭を抱えながら、比良からのメールを読み返していた。
ただ、「お疲れ様」なんて俺を気遣ってくれるのは、比良の優しさ。
みとでさえ、あんまり言ってくれないのに。
「俺も、比良が女の子だったら良かったのかもなんて…………」
……なんて、思ってすみませんでした。
うっわ、俺今何を口に出した?
俺はさっきより自分が怖くなった。
「……とまずは、PCを起動させてみるか」
俺はカバンからPCを取り出し、電源を入れてみる。
そこら辺の機能に、別におかしな点は見当たらない。
やはり問題は、トクロ自体にあるのか?
「んー……」
とりあえず、やっぱりくれ汰は表示されない。
エラー表示も出ない。
しばらく何処かしらいじってはみたものの、何も解決されない。
(諦めるしかないのかな……)
俺は半分以上やさぐれた気分で傷心旅行に出た。
特段何かを調べたいわけでも無かったが、苛々した気持ちを紛らわしたかった。
―カチッカチッ!カッ……!
心なしか、キーボードを弾く音も乱暴に聞こえる。
傷心した俺を癒す何かは無いのか。
当ても無く、ただただ無意味にキーボードを鳴らす。
「くれ汰……か」
気付くと、そう呟いていた。
自分でも笑ってしまう。
たった1ヶ月。されど1ヶ月だったようだ。
くれ汰の声が無い生活が、こんなにも音の無い世界だったとは。
トクロにはまるオタクの気持ちがわかったような気がする。
……あくまでも、「気がする」だけだが。
(ふむ……)
結局当ての無い俺は、思い立って“くれ汰”と打ち込んでみた。
俺が適当に付けた名前だ。
検索に引っ掛かるはずもない。
しかし、引っ掛かったら、それはそれで興味があるな。
俺は検索ボタンをクリックした。
[ 検索結果:1件該当しました ]
「あ、ヒット」
一瞬胸が躍った。
好きな女の名前を探し出せた気分だ。
検索結果の表示には、“くれ汰”のみ出ていて、内容やURLなんかは書いてなかった。
(何だろ……まぁ、開いてみるか)
“くれ汰”の名をクリックした。
「!?」
画面が一瞬にして真っ白になる。
そして……
くれ汰がそこに居た。
背景真っ白の画面の中央に、確かにくれ汰が居るのだ。
こちらに背を向ける形で、腰に両手を当て、腰をフリフリしている。
一体どんなジャンルの踊りだろうか。
「…………」
俺は何が何だか理解不明であったが、しばらく静観することに決めた。
今度は右足、左足を交互に横に出している。
と思ったら、両手をブンブン振り回し始めた。
最初はぎこちなく見えたその不思議な踊りも、次第にくれ汰のテンションが上がったんだろうか、かなりはっちゃけた踊りになって来た。
まるで、子供のお遊戯会に出席した父親の気分で見守った。
(ぶふっ……)
しかし俺は正直、笑いを堪えるのが苦しくなっていた。
昨日や今朝のツンデレ加減を見せ付けられていた俺は、この姿に違和感を感じずにはいられない。
何を思い立って、このような踊りをしているのだろうか。
そろそろ俺の沸点が限界に達しようとした時。
くれ汰が両手を上下に振りながら、回転を始めた。
【 !!! 】
目が合ったのだ。
くれ汰は、そのままの状態でフリーズした。
「おーい」
俺は声を掛けてみる。
今日の比良の話だと、この機能は無いんだよな。
【…………】
やはり反応無し。
突いてみる。
確か、この機能も、有り得ないんだよな……。
【…………】
こちらも、やはり反応無しか?
……と言いたいところだが、俺は見逃さなかった。
突いた瞬間、ちょこっとだけくれ汰の顔が緩み、体が揺れたのだ。
(これは……)
今度は突くというよりも、くすぐるような感覚で画面を擦る。
くれ汰の顔はみるみる赤く染まり、頬の膨らみにも限界が近付いている様子だ。
(よし、とどめだっ)
俺はラスボスの弱点見付けたり!というようなゲーム感覚で、指先だけに全力を込めて、PC画面を擦りまくった。
【……っぶわっははっは!! ひー!!!】
くれ汰は姿勢を崩し、その場でのたうち回った。
俺はニヤリと不敵に笑う。
やっぱり、くれ汰はからかい甲斐があって面白……否、可愛い。
くれ汰が戻って来たことの喜びで、俺は一連の不可思議な機能を忘れていた。
ぜぇはぁ息を切らしているくれ汰は、やっとの思いで座位を保った。
【っはぁはぁ……ひっ酷いじゃないか、マスター!】
せっかく落ち着いてきたんだろうに、また顔を真っ赤にしている。
「だって、お前がフリーズしてるから」
【だっ! ……て……お、おど……るすが……みられ……】
さっきの意気込みは何処へやら。
次第に声が小さくなり、どもる。
「聞こえないよ?」
俺のSっぷりを発揮する時が来た。
【うっ……だ、だから……そ、の……】
「聞こえなーい」
【にゃっ!? はぅ……だから、あ、あの~…あぅ……】
くれ汰の目には、薄っすらと涙が浮かんでいるように見えた。
俺はくれ汰が居なくなった脱力感からの急な反動で、気分が高揚していた。
それと普段滅多に発揮しない(出来ない)Sっぷりで、加減がわからないでいた。
(あれ……この後どうすればいいんだ、俺)
引っ込みのつかなくなった態度が、事態を悪化させる予感はした。
「く、くれ……」
【っく……っく……】
しまった。
泣かせてしまった。
つくづく女の涙は卑怯だと実感しながらも、俺は折れる他無かった。
「くれ汰、ごめん」
【……っく……ふにゃぁ~……】
子猫のように泣いているその姿は、傍に居れば抱きしめてあげたくなる儚さを感じさせた。
とりあえず、俺は完全に罪悪感を抱いているのだが。
あたふたする俺を尻目に、くれ汰は画面の中で一人泣いている。
どうすることも出来なくて、俺はただ画面を撫でることしか出来なかった。
「……ごめん」
【う~……いいよ、マスター、許してあげる】
いつの間にか立場が逆転しているような気がするんだけど。
(まぁ、いいか)
「で?大丈夫なの?」
俺は微笑混じりの溜め息を吐きながら、尋ねる。
【さっきのは、踊ってる姿を見られたんだもん!! そりゃぁ、ビックリするに決まってるだろ!!】
あ、威勢が戻った。
「ってか、何で踊ってたの? そもそも何で居なくなったの?」
【質問は1つずつにしてよねっ】
「…………」
この野郎。
若干イラッとしたが、何も二次元相手に怒ることないよな。
俺、大人だもん。冷静になれ、俺。
「何で居なくなったんですか」
自然と、二次元に対して敬語になっていた、俺乙。
【ん~とねぇ。ネットサーフィンをしてたんだよ】
「は?ネットサーフィン?お前が?」
俺の言葉に、くれ汰の目がきつくなる。
【だ~か~ら!! 言ったでしょ、ボクは“お前”じゃないの!!】
「あ、ごめん。つい癖で」
【んもう!!】
腕組をして、不機嫌そうに俺を睨む。
何でこう、みともくれ汰も、こんなにツンの割合が多いんだろうか。
どうして、上手い具合にツンが分散してくれないんだろうか。
「……で、何でネットサーフィンなんかをしてたんデスカ?」
ほとんど棒読み状態。
何が悲しくて、俺は二次元相手に機嫌を窺うはめになるのか。
これが恋愛シュミレーションゲームだったら、わかるのだが。
一方くれ汰は、俺の丁寧な態度に気を良くしたのか、表情は穏やかになる。
【朝、マスターがいきなり閉じちゃったから、暇になったの】
淡々と答えるくれ汰。
「……え、それだけ?」
【うん】
腕組をしたまま、きょとんとした顔で頷く。
いや、俺もきょとんなんですが。
今日、散々俺、凹んだんだよ。脱力感半端無かったんだよ。
失恋した男みたいになってたんだよ。
それを飄々と、【暇になったの】で居なくなるか?
「……んだよぉ……」
俺はズルズルと机にへたり込む。
拍子抜け。これまた、別の脱力感が襲って来る。
【 ??? 】
相変わらず、きょとん顔のくれ汰。
何の罪悪感も無い、一点の曇りも無い顔。
(くそう……憎めないよなぁ、この顔)
作ったのは俺なんだけどさ。
机にへたり込んだまま、くれ汰を見上げる。
(あれ……?)
俺は何か違和感を覚えた。
そういえば……昨日今朝と何か違うよな。何だろう。
「……くれ汰」
【なぁに、マスター??】
(ん?)
くれ汰は嬉しそうに反応する。犬化している。
俺はもう一度呼んでみる。
「くれ汰」
【むぅ? 何、マスター!! 用が無いなら呼ばないでよっ】
……これだ。
これだこれだこれだ!
ものすごく自然な会話が出来ている!
今朝のくれ汰は、片言の日本語だった。
そう、フィリピンパブのお姉さんみたいな喋り方だった。
しかし、今は普通の日本人のように流暢な喋り方をしている。
(一体何があったんだ……)
俺は開いた口が塞がらない状態。
いや、実際に塞がらないのは、この目なんだけどね。
目を見開いたまま、くれ汰を凝視する。
【う……マスター、目が怖いよ……】
くれ汰は怪訝そうな顔をして、何歩か後ろに下がって行く。
俺はちょいちょい手招いて、戻って来るよう促す。
「日本語上手になったね」
【うんっ!! すごでしょ!! 褒めてほめ……はっ】
そこまで言いかけて、くれ汰ははっとした。
どうやら、今のは素のデレ部分だったらしい。
気まずそうな顔をして、こちらをちら見する。
【べっ……別に褒めてほしいわけじゃないんだからっ】
マニュアル通り過ぎるな、おい。
それにしても、これじゃあまるで本当に三次元の女の子と話している気分だ。
このタイミングでみとから電話が来たら、それこそまた疑われるな……。
【……マスター?? お、怒っちゃったのか……??】
一人恐ろしい妄想を展開中の俺を見て、くれ汰が心配そうに覗き込む。
どうやら、みとよりは、デレの割合は多そうだ。
「怒ってないよ。それにしても、どうしてそんなに日本語上手くなったの?」
【んと、ネット彷徨ってたら、動画を見付けたの。その動画情報をいっぱい取り込んで、言葉や喋り方を覚えたよ。……マスターともっと色んなこと話したいから……ついでにダンスも……】
「え? 最後よく聞こえなかった」
【……もういいよ!!】
(?)
真面目に何を言っているか、声が小さくて聞き取れなかったんだが、何故かくれ汰を怒らせてしまったようだ。
要は、あれか?比良が話していた“電子辞書”をインストールして言葉を覚える的なことを、動画を取り込むことで自発的に覚えたってことなのか?
「お前、頭いいな」
俺はひたすら感心した。
しかし、くれ汰の機嫌は悪くなる一方だ。
【マスターは頭悪いよね】
「確かにな。まぁ、お前とこうやって普通に喋れるようになったのは、何つーか良かったよ」
【 !!! 】
「!?」
くれ汰の頭から湯気が出ている。
え、ショート?
「だ、大丈夫か!?」
【ひ……卑怯だよ、マスター……】
「何がだよ」
相変わらずくれ汰の頭から湯気は沸いて、アホ毛がちょこちょこ出始めた。
「ぶぷっ」
耐え切れずに思わず吹き出してしまった。
もちろん、くれ汰は怒るに決まってると思った。
でも。
【……ふははっ!! マスターと一緒は楽しいね】
なんて言うものだから。
俺もショートした気分になる。
湯気こそ出ないものの。
「どっちが卑怯だよ」
くれ汰の無邪気な顔を眺め、俺は独り言のように呟いた。
―タラリラリーン タラリラリーン♪
携帯にメール受信の音楽が鳴る。
[送信者:比良 本文:あ、忘れてた。今日博士に、爽ちゃんのトクロのバージョンと固体番号を調べておくように言われたんだ。今日教えたやり方でわかるから。よろしくね。]
比良からのメール。
そういえば、返信してなかった。
バージョンと固体番号……何だっけ。
(えーと……8桁の……これだけだとバージョンのみだから……)
あぁ、そうか。
今日、比良がシエラに喋らせてたあれか。
(どのアイコンだっけ。これ……は違うか。これか?)
女の子のマークを押すと、唇のアイコンが画面上に現れた。
(っと、これは……くれ汰の唇にカーソルを当てるんだったよな)
俺はカーソルを、くれ汰の唇に持って行く。
何だか少し恥ずかしい。
すると、キィィィンと機械音がして、くれ汰が突然無表情になった。
そして、ゆっくり口を開き出した。
【くれ汰、バージョンハ、TKL00-002デス。固体番号はWh-1010-TEデス】
あれ?
何か、違う。
シエラの時と、口調や台詞は同じ雰囲気なのに、何かが違うんだ。
表示上の表記に違和感は無いが、くれ汰の音声が引っ掛かる。
俺はもう1回喋らせるべく、唇にカーソルを当てようとした。
【ちょっと、マスター!! それ、喋るのつまんないからやだよ!!】
これ、つまらないのか。
しかし、この違和感が残るのも気持ち悪い。
「ごめん! 後1回だけだから!」
【やっ……】
有無を言わさず、俺は強行した。
くれ汰の唇を、人指し指で押さえる。
またもや、キィィィンという機械音の後、くれ汰は無表情になった。
【くれ汰、バージョンハ、TKL00-002デs……】
「もう1回!」
【くれ汰、バージョンハ、てぃーけーえるだぶるおー“まいなす”ぜろぜろに……】
「はい?」
“まいなす”…………
シエラは“はいふん”って喋ってたはず。
【もー!! やだって言ったのに!! しかも1回じゃなかったじゃん!!】
えらい剣幕でぷんぷんしているくれ汰を俺は、まじまじと見つめた。
【なっ……そんな真剣な目で見ないでよ!! て、照れるじゃな……】
「お前……“まいなす”なのか」
【!!! ボクは不良品なんかじゃなぁーい!! マスターのばかあほっ!! データ消してやる!!】
「え!?」
思考回路が上手く働いてない時に、何を言い出すか。
有無を言わさず、くれ汰は強行手段に出た。
「ちょっ……なに……」
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「…………」
もう言葉は必要無かった。
俺の努力は、機械の前では無力だということ。
到底敵うわけないじゃないか、俺如きがPCになんて。
ばいばい、俺の努力の結晶達よ。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます!!これから、またどう展開するか気になってくれた方にも感謝です。温かい目で見守って下さい。生温い目も可。