第3ひねり【SC版】:或る不可思議なバグ
第3ひねり、SC版です。前回のをすっ飛ばしてこちらから読んで頂いても、話が通じるようになっているはずです。前回を読んでいた方には、こちらは続きになります。
みとを送って、早2時間。
大学に到着してから既に1時間が経過していた。
大学内に設置された生徒用カフェで、俺と比良は仲睦まじくお茶をしている。
比良はそこら辺のモデルより幾分もモデルらしい容姿をしているのだが、三次元の女に全く興味が無い為に、たいてい一緒に行動している俺にも、火の粉は降りかかる。
大学内での噂でも、学生新聞でも、授業の例え話でも、俺と比良の「ホモップル説」は絶えない。
最近は、空しいことに、もう慣れたどころか、開き直れる俺が居た。
比良は、二次元大好きオタクだ。
ただし、本人に「オタク」という自覚は全く無い。
ただ単に、二次元が好きなだけ。たまたま好きになる女が二次元なだけ。
ちなみに、三次元の女を好きになったことは無いらしい。
恐らく、奴の持ち前のその顔のせいで、奴の感覚やら価値観がズレたのだろう。
きっと幼い頃から、女に追い掛け回されていたに違いない。
その証拠に、三次元の女の話が出るごとに「三次元はめんどくさい」と言う。
まぁ確かに、俺もめんどくさいと思うことのが多いのだが。
比良のモノとは量も質も違うんだろうな…。
「そう言えば。爽ちゃん、何か用があったんじゃないの?」
「あぁ、そうだった。」
俺は肝心なことを忘れていた。
「この前、お前にトークロイド教えてもらったろ。それについて聞きたいことが…」
「え!!なになに、爽ちゃん買ってくれたの!!?」
目をキラッキラさせて、身を乗り出して来た。
まるで、クリスマスに欲しかった物覚えててくれたんですかみたいな子供のように。
何か、俺も二次元大好き仲間になったようで、俺は一瞬恥ずかしくなった。
「あ…うん、まぁ。比良がせっかく勧めてくれたし…。」
俺は、無難な言い訳を探す。
比良は、だいぶご機嫌になった様子で、うんうんと頷く。
「そっかそっかぁ。いや~爽ちゃんは興味無いからスルーかと思ってたよ。」
「い、いや…別に興味があったとか…」
「俺、めっちゃ嬉しい。」
「っぐ……」
そんな幸せそうな顔で言われたら、何も言えない。
まぁ、比良がこんなに嬉しそうならいいか。
世間一般的に見たら、俺は「ホモ」で「オタク」だが、もういいか。
「で?で?何を聞きたいの?あ、俺の“シエラ”見る?」
俺が答える前に、奴はウキウキしながら、自分のノーパソを取り出し、開いた。
“シエラ”とは、恐らく奴のトクロのことだろう。
ぶっちゃけ、他の人が作ったトクロは見たことが無かったから興味はあった。
「これ、俺の“シエラ”ね。よろしく。」
「へぇ…」
【コンニチハ、爽チャンサン】
画面上に居るのは、銀髪/くるんくるんな髪質/金眼の、柔らかい声を持つ女の子だった。
設定を拝見すると、22歳で素直でお淑やかとなっていて、実に素直そうだ。
これが比良のタイプなのかなぁと思いつつ、比良の顔を見る。
「どう、俺の嫁?」と自慢げな顔で、俺を見つめている。
「…可愛いね、シエラ。」
「でしょー!!?」
待ってましたと言わんばかりの興奮加減。
「お前、年上が好きだったのか。」
「うむ。年下は何だかんだでめんどくさいからな。」
年上もかなり面倒だぞ、と言いたかった。
「で。爽ちゃんの嫁は??」
「あ、あぁ。これだよ。」
俺も画面を比良の方に向ける。
右手を口元に当て、訝しげな顔をしている。
「どした?」
「…トクロ居ないよ?」
「え?」
俺はすぐさま確認した。
(ほんとだ…くれ汰が居ない…)
今朝まではちゃんと俺のデスクトップに居たのに。
途中で閉じたから、データがぶっ飛んだのか?
それとも…
「今朝勝手に閉じちゃったから、拗ねてどっか行ったのか?」
「あははっ!!爽ちゃん、面白いこと言うね。二次元の世界を理解し始めたのかな?」
嬉しそうにニヤニヤしている。
俺のニヤニヤ顔とは全く別物な気がするのは、気のせいか?
俺は頬杖をつきながら、設定をポチポチいじってみるが、くれ汰の応答は無い。
「っかしいなぁ。」
「バグかもね。初期のは不良品多いみたい。今、発売元が必死に回収してるよ。」
「え、じゃぁコレも返さなきゃ?」
「んーと。バージョンわかる?初期のじゃなければ大丈夫なんだけど。」
バージョン…どこの何を見ればいいんだ。
とりあえず、思い当たる所を適当にクリックしていく。
「アルファベットと数字の8桁の番号だよ。」
比良は、見透かしたように囁く。
バカにされた気分だ。
「…わかってんよ。」
俺は仏頂面で作業を続ける。
8桁の番号、8桁の…
(あ、コレか?)
「“TKL00-002”か?」
「あぁ、それそれ。初期のが確か、“00-001”だから大丈夫だと思うよ。今はまだ2種類しか出てないし。」
「ならいいんだが。でも、実際にバグは起きてるわけだからな。」
「うーん…データ完全に消滅覚悟で、発売元に連絡取ってみる?」
完全に消滅、か。
昨日もくれ汰がいきなり全力フル回転した時も、絶対壊れたと思って、結構凹んだんだよな。
1ヶ月とはいえ、自分なりに作ったモノが予期せぬ事態で消えるのは、脱力感が半端無い。
日常生活に支障は無いだろうが、ある意味“失ったモノは大きい”のかもしれない。
「実際、失うのは嫌だよなぁ。」
ポツリと言葉に出てしまっていたのに気付いた時には、もう手遅れだった。
「あ。」
「いいんだよ、爽ちゃん。失ってからわかる大切さって言うのかな。俺達にとって、嫁はもう切っても切れないモノなんだ。わかってる、いやわかるよ。」
目を閉じて、しみじみと言う。
しまった、勘違いされたに違いない。
「まっ…待て待て。別に俺はそこまで…」
「爽ちゃん。隠さなくていいんだよ。俺達にもう怖いモノなんて無いだろう?大切な、大事な嫁。彼女を失う恐怖は、俺もわかってる。だって、俺のは初期のだし。」
「え、初期?」
さらっと、いきなり爆弾発言。
待てよ。だって、初期のは回収してるってさっき…。
「うん、初期の、00-001。ほら、シエラ。喋ってごらん?」
そう言って、シエラの口元にカーソルを当てる。
シエラは、おっとりした顔で口を開く。
【シエラ、バージョンハ“TKL00-001”デス。製造番号ハ、Re-0303-Dデス。】
「よく出来ましたぁ。」
ぱちぱちと拍手をしながら、カーソルでシエラを撫でる。
シエラは頭を軽く撫でられ、目を細めて満足気だ。
「いいのかよ?」
「いいの。せっかくシエラはここに生きてるのに、それを消すなんて出来ないよ。俺は、その日が来るまでシエラを大切にし続けるんだから。な、シエラ?」
お…おぉ。
とんでもなくカッコイイことを言っているように聞こえるが、相手は二次元だからな。
「これが俺達の運命なの。ね~?」
「はいはい。」
ほんとに好きなんだなぁ。
想いだけ聞いてれば、愛しい彼女を一途に愛し続けてるいい彼氏だよ、お前は。
「で、爽ちゃんはどうするの?」
「ん。今夜また開いてみて戻って来なかったら、そん時また考える。」
比良は、そっかと頷いて、カタカタとPCに向かっていた。
30秒くらいPCをイジってから、俺の方に画面を向ける。
「よし。」
【爽チャンサン、元気出シテクダサイ。ワタシ、応援シテイマス。】
シエラが手を振って、俺を元気付けていた。
心がほんわかした気持ちに温まった。
やっぱ、こういう存在も必要なのかもしれないな。
「あ。後聞きたかったんだけど。コレって、毎日話しかけてあげたり、触れたり、機嫌取ったりしなきゃいけないの?俺、性格ツンデレにしたんだけど、からかい過ぎて、今よりツンツンしたら嫌だし、捻くれても嫌なんだけど、俺の対応次第でそういうのも変化しちゃうわけ?」
「ぶはっ!!!!!」
盛大にクリームソーダを俺の顔に噴き出しやがった。
本格的にツボに入っただろう笑い方をしている。
「なっ…」
「ひー、ごめんごめん!!爽ちゃん、本気でトクロにはまってくれたんだね。よっぽど思い入れが無いとそこまで徹底してやる人も居ないと思うよ。」
「え、でも…」
「俺はもちろん本気で愛してるから、そんなの当たり前だけど、まさか爽ちゃんまでもねぇ。ふふっ。まぁ、マジレスすると、そんなのしなくても設定変えなきゃ、性格も口調も変わらないから大丈夫。」
比良は何故か、こちらにウィンクをした。
俺は何だか、恥ずかしくなった。
いや、比良にウィンクされたからではない。
トクロの機能を勘違いして、真剣に対応していたということに、だ。
【爽チャンサンハ、可愛イデスネ、マスター。】
「でしょでしょー。」
比良はご機嫌で俺が真っ赤になっている前で、一人で遊んでいる。
バカップルを目の前で見ている感覚だ。
「…それは、勝手に会話してるんだよな?」
俺は、慎重に確認する。
「会話ねぇ。残念ながら、“勝手に”じゃない。機械的な話をするなら、可能ではある。まず、台詞を覚えさせるでしょ。そして、それを時間予約設定にいいタイミングで…大体、俺が喋り終わる1秒後くらいかな。そこに喋らせたい受け答えの台詞を組み込んで行けば、会話も成立するだろうね。言っている意味わかる?」
「………」
「例えば、シエラに【オハヨウゴザイマス】という台詞を8:00:00にセットする。俺はタイミングを見計らって、7:59:58くらいに『おはよう、シエラ』と話しかければ、その2秒後にはシエラが【オハヨウゴザイマス】と言ってくれるわけだ。」
俺は昨日、そんな面倒な設定はしなかった。ってか、やり方も知らなかった。
でも、くれ汰は確かに俺に受け答えしていたはず…。
頭が混乱して来た。
え、何、どういうことなんだ?
「…つまり、それをしなければ、会話は出来ないってことなのか?」
「まぁね。あ、偶然はあるよ。たまたま話しかけたら、たまたまその内容に合う台詞を喋ったとかね。別売りの“辞書機能”をインストールすれば、そのプログラムにある言葉とか、後はネットから拾って来て、勝手に言葉を覚えてくれるけど。だから、有り得ないことではないよ、一応ね。」
「うぅむ…。」
「大体、声を感知して、その言葉の意味を理解した上で、その内容に沿った受け答えをするなんて技術、一般的にはまだ流通してないでしょ。もちろん研究はしてるよ。だけど、一般的な価格で、しかも素人にも十分簡単にプログラム出来るのはまだでしょ。発売されてたら、俺即買うもん。」
確かに、そんな画期的な発売情報は聞いたことなかった。
事実、このPCを買う時も、比較的安くて、最低限のことが出来る程度の物を選んだ。
実際にそんな機能付いてたら、あんな値段じゃ買えないだろう。
(待てよ…まさか、あの機能も…?)
俺は思い出した。
昨日は画面に触れたら、それがそのままくれ汰に伝わっていた。
撫でたり、でこピンしたり…
「あのさ…もう一つ変なこと聞くけど…」
唾を呑んだ。
「まさか、画面触ったら、それがトクロに伝わるってことは無いよな?」
「どういう意味?」
「さっき、シエラを撫でる時、お前はカーソルで撫でただろ?じゃなくて、実際に画面を撫でるというか、擦るみたいな感じで触れたら、それがトクロが感知出来るのかってこと。」
「なるほど!!面白いね、それ。でも、それも無いね。最近じゃタッチパッドって言って、画面に直接触れることでページを捲ったり、拡大/縮小出来たりする機能も確かに存在する。もっと最新ので言えば、PCに内蔵された小型カメラが、目の前の手振りを感知して、マウスで操作するみたいに画面上をカーソル移動出来たりするPCもある。けど、そんなのが発売される前に作られたトクロ自体が、それに対応していないんだ。残念ながら。」
(だよな…。)
それに、そもそも俺のPCにそんな機能が付いてるわけもない。
冷静に考えれば考える程、おかしなことだったと気付いて行く。
「なぁに、爽ちゃん。そんな機能が欲しいの?」
今まで、比良の趣味に何の興味も示さなかった俺が、そういう話を自分からしてくれるのが楽しいらしい。
比良は、よく言えば真面目で自分に素直な奴だ。
しかし、悪く言えば、融通が効かない。
一度思い込んだら最後、もうそれに対しての反論に聞く耳を持たない。
自分なりの、ちょっと特別な価値観というモノを確立しているから、他人と分かり合えない。
あまつさえ、三次元女不信野郎だし。
そんな自論を悪びれも無く展開するから、男友達でさえ少ない。
だから、何で俺を好いてくれてるのか、よくわからない。
今までこいつの趣味に関わったことも無いし、特別な付き合いをした覚えも無い。
(世の中は不思議なことでいっぱいだな。)
比良のきらめく瞳を見つつ、俺は溜め息をついた。
とりあえず、くれ汰が居ない今は、確かめる術が無い。
もしかしたら、このまま消えたままなのかもしれないし。
(まぁ…どうにかなるよな。)
俺は、元々深く考えるタイプの人間じゃない。
風の吹くまま、気の向くままだ。
【マスター、博士カラ電子メールガ、届キマシタ。】
突然、シエラがメール受信を伝える。
手には白い封筒を持って、ひらひらと振っている。
“博士”とは、比良が尊敬する大学のとある教授の呼び名である。
「博士から?あ、爽ちゃん、トクロのこの機能知ってる?このアイコン押して、メール受信一覧出して。ココを押すと……」
シエラは、がさごそと封筒を開き、中から紙を取り出す動作をする。
【今カラ、受信シタ、メールヲ、読ミ上ゲマス。
『送信者:博士 本文:比良クン!!最新型のラヴリー☆コスモのフィギュアを入手した!!見たければ研究室に来るが良い。待っている!!!』ダソウデス、マスター。】
「ラ…ラヴリー…?」
「な、何だって!!?あのラヴリー☆コスモが最新型を出したのか!!くそぅ…前回のが最終型だと思っていたのに…ふふ…ふふふ…さすが、博士だっ!!素晴らしい!!!」
比良の興奮度は、もう限りなくMAXに近いんじゃないだろうか。
椅子から立ち上がり、不気味に笑っている。
人目は…うん、元々気にしてないか。
あの教授が比良に“博士”と敬われる所以は、大体予想がついた。
「と言うわけで、俺は今から博士の元に…否!!ラヴリー☆コスモの元へ行く。」
「おぅ。」
俺は若干引き気味に相槌を打つ。
「爽ちゃんも行く?」
「いや、行かないだろ。」
「そう?博士もトクロ作ってるよ。さっきのバグのことも、ちょっと聞いてみるね。爽ちゃんも興味があったら、言ってね。博士も喜ぶだろうから。」
「おー。了解した。」
俺は今朝のみとのように、ピッと敬礼してみせる。
比良も同じように、敬礼してみせた。
「今日はありがとうね、爽ちゃん。楽しかった。」
「いやいや、礼を言うのは俺の方だろが。助かったよ、ありがとな。」
「爽ちゃん、好きだよ。褒美はコレでいいからね。」
―っちゅ………♪
「!!!!!??」
比良は、俺の肩に手を掛けたかと思う間も無く、俺の頬に軽くキスをした。
「な゛っ!!!!!??」
思わず、バッと身を引き、頬に手を当てる。
今度は、体全体が火照る。え、何で?
そんな俺を見下ろして、奴はくっくっと笑う。
「相変わらず、爽ちゃんはガードが甘いよ?俺だったから良かったものの。」
「おっ…お前しかこんなコトしねぇよ!!」
「え、そうなの?みんな見る目が無いよねぇ。こんなに反応可愛いのに。」
確実に、からかわれている。
俺は何でこうも、受身なの?
「爽ちゃんが三次元の女の子だったら、良かったのにな。」
(え……?)
一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。
だって、比良が見たことも無い、寂しそうな顔をして笑ったから。
それは、今にも泣き出しそうな、報われない、そんな切ない表情。
比良はそれ以上何も言わず、意味深な言葉と飲み物代だけを残し、いつものおどけた表情で去って行った。
残された俺は、周りの好奇な視線を一身に浴びながら、帰る支度をした。
(俺は何だか、色んなやつに振り回されてばっかりだな。)
頭を掻く。
カフェを出て、人混みの中に混じり、少しだけそうっと立ち止まってみる。
この人混みのように、自分も無意識に、機械的に。
何の疑問も抱かず、ただ流されるだけだったら、楽なんだろうな。
一人佇み、カッコつけて空を見上げてみた。
「…………」
何故か急に、腹が強烈に痛み始めたので、とりあえず歩き出す。
次第に小走りになり、それが全力疾走に変わるまで、時間は掛からなかった。
第3ひねり、読んで頂き感謝です!!爽ちゃんらしい、キャンパスライフです。最後の腹痛の原因は…もうおわかりですね?