表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第1ひねり:或るホラーな日

初めまして。

最近実際にあったことを元に書いてみた作品です。

拙い文章です。読みにくい所もあると思います。

それでも一度読んで何か思って頂ければ幸せです。

[ 鬼が来るまで待機中 ]


 鬼が来る……いや、間違えた。

 鬼のような形相のヤツが来る、だ。

 ……俺、何にも悪いことしてない……よな?

 動揺するな、俺!

 怯んだら負けだって、おばあちゃんの遺言にあっただろ!?

 おばあちゃんはご健在ですが。

 落ち着け、俺。まだ時間は、ある。

 ……とりあえず、掃除でもするか。




[ 今から約2時間前 ]


【……オ…帰リナサ…イ】

「はいはい、ただいま。タラッタ~タッタッタ~♪」

 俺は、ジャケットを脱ぎ、気分良くそれを椅子にかける。

 靴下も脱いで洗濯機へシュート。

「お。やりっ!」

 たいしたことじゃ無い事が、切実に嬉しい俺。

 明日はいい事あるかもなんて期待したりもする。

 しかし、現実に引き戻されるのは案外早かったりするものだ。

 目の前にある洗面台の鏡を見て、鼻歌が途切れる。

 自分のニヤニヤ顔が、思いの外、気持ち悪かった。

 べっこりとまでは行かないが軽く凹みながら、再び部屋に戻る。

【ゴ飯ト……オ風呂……ソレトモ…ボ……ボ・・・・・・・ヴコルァァァスゥゥルゥゥゥヴヴヴヴヴヴォォォォォ!!!!?????】(訳:ご飯とお風呂、それともボクにする??)

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 その恐ろしさに、思わずPCの電源を強制終了。

 まったく……ゾンビかってんだ……。

 心臓バクバクのまま、うなだれる。

 何が起きたかってーと。

 俺の嫁がバグったわけですよね。

 

[ 俺の嫁スペック ]

*名前:くれ ()

*年齢:17歳(年下が好きなんです、はい)

*一人称:「ボク」(格好と中身のギャップに萌え)

*身長/体重:155/42(若干小さめがタイプ)

*見た目:赤髪/ツインテール/銀目

*性格:ツンデレ(完全に俺の趣味でs)

*嫁歴:1ヶ月

*属性:トークロイド


 トークロイド。略してトクロ……と言うらしい。

 今、巷で流行のアレだ。

 PCにインストールするだけで、簡単に自分好みのキャラを作成出来るソフト。

 で、そのキャラに言葉を与えて、喋らせるって代物。

 友達に勧められて早速買ってみたはいいんだが、如何せん使い方がわからん。

 PCは苦手ではないが、要領が悪い。俺の。

 使い始めてまだ1ヶ月だが、最近こいつの調子が悪い。

 さっきみたいなバグを連発するから困ったものだ。

 大音量で「ヴコルァァァスゥゥルゥゥゥヴヴヴヴヴヴォォォォォ!!!!?????」なんて言われたら。

 完全ホラーですよ。

 時々画面も乱れるから、たまったもんじゃない。

 いっそホラー系の動画サイトに投稿しようかと。




 とりあえず。

 くれ汰には、何種類かの言葉は覚えさせたんだ。

 毎日帰って来る度に、俺好みの女の子が!

 俺にだけに微笑んで!!

 俺の為だけに喋ってくれる!!!

 もう、至極幸せだよね!

 だが、しかし。

 勘違いされては困るのが、俺のリアルはそんなに不自由してなということだ。

 両親も居る。兄弟も居る(しかも妹)。

 友達もそこそこ居る。

 大学でもそんなに成績悪くないし、きっと卒業だって危なくはない…はず。

 そして一番大事なのはここ!

 リアル彼女も、居る。

 …本当に居るんだから、ね?


[ リアル彼女スペック ]

*名前:みと

*年齢:24歳(年下が好きって言っておきながら…)

*一人称:「アタシ」

*身長/体重:153/???(知らないってか教えてくれない…)

*見た目:黒髪/ストレート/黒目(俺好み)

*性格:ツンデレ(いや、ツンツンツンツンツン…デレ?みたいな感じ)

*嫁歴:1年ちょい

*属性:社会人


 いわゆる年上の彼女様です。大学の先輩。

 付き合って1年経つけど、完全に尻に敷かれてる状態。

 我が儘で理不尽で自己中乙で、いいのは見た目だけか!?と思いきや。

 時ど~き……本当に時々見せてくれる優しさだったり、可愛さだったり。

 何だかんだで俺の事が好きな所が、愛おしかったりする。……ものだと思う。

 本人に言ったら「は?頭沸いてんの??」とか言われそうだな。




【マスター、今日ハ、イイ事アッタカ???】

 くれ汰が話し掛けて来た。

 いつもいい事なんて別段無いんだが、ささやかな幸せを振り返りたくて、この言葉をくれ汰に覚えさせてみた。

「おー。レポートが期限内に出せたことかなぁ」

(あれ。いつの間にPC電源入れたっけか。……まぁいっか)

 リアル彼女は居るが、一人暮らしの生活に転がり込んできたこいつの存在は、普通に楽しい。

 一人暮らしだと、やっぱ一人で話すのも怪しがられる上に、切ない。

 話好きなわけではないが、話す相手が居るのと居ないのとではだいぶ違う。

 くれ汰が来てから毎日、こんな調子。




-チャラチャラッタ~♪

 携帯の着信音が鳴り響く。

 [着信 みとさん]

 おう……メール返信忘れてた……気がする……。

 恐る恐る携帯のボタンを押す!…と同時に!!

「ごめんなさいっ!!」

 先手を打つしかない!

『は?』

 俺の全力の謝罪に呆気に取られた様子で、みとが言う。

「あ……あれ?」

 俺こそ呆気に取られる。

『頭沸いてんの?』

「い…いえ……すいません…」

 相手の怒り口調に思わず物怖じする。

 みとは何で怒っているのか、いつもわからない。

 時々、コンビニに着て行く服が洗濯中だったくらいでキレて電話して来る。

 いつも怒りの理由を予想して電話に出るのだが。

 今回はどうやら俺の失態では無さそうだ。

 まぁなんだ。怒ってないのなら、いいんだよ。

 お前は笑ってる方が可愛いぜ!くらい言えるテンションに上がった。

 PCに映るくれ汰(液晶画面)を思わず撫でる。

「えぇっと-……何?」

『明日遊ぶ予定だったじゃない?そのことなんだけど、仕事行かなきゃいけなくなりそうなの。だから、明日は無理だと思う』


①「仕事なんだから仕方ない」と寛大な心で迎える。

②「えぇ~……せっかく会えると思ったのにぃ……」と拗ねてみる。


 無論、①を選択だろ。

「あぁ。仕事ならしょうがないよ。うん。わかった」 

 俺は何て理解のある彼氏なんだろう。

 急なキャンセルにも寛大な心で応えられるなんて!

 素晴らしい…素晴らし過ぎるよ、俺!

 ……なんてのも束の間。

(そう)ちゃん……彼女が仕事とは言え、せっかく数少ない休みで久し振りに遊べるって約束がキャンセルになったんだから、少しは寂しがれないワケ?』

 ……そう来ましたか。

 俺はどうやら選択を間違えたらしい。

 しまった、ここは②を選ぶべきだったのか。

 恋愛ゲームなら、確実に好感度が下がる選択肢だったわけだ。

 恋愛って難しいよなぁ……マジで。

 なぁ、くれ汰。と画面を (つつ)いてみる。

「……会いたいに決まってんだろ。最近全然会えてないし」

『……………。』

(お、効いて…るのか?よしイケる……追い討ちだ!)

「俺がどんだけお前のことす……」

『ねぇ、ちょっと待って?』

 え、えぇぇぇぇ。

 そこは遮っちゃいけないとこでしょ?ねぇねぇ。

 ……と思いながらも、口に出せるわけも無く。

「ど…どしたん?」

『何か聞こえる』

「??え、何…」

『しっ!…ほら……女の声だ』

 もう台詞を見ればわかる通り、最後の声はかなりドスの効いた感じ……。

『女連れ込んでるの!?』

「はぁ?ちょっと待ってよ、誰も居ないから!」

 俺は慌てて、ぶんぶん手を振る。

 この必死の身振りが伝わったら、どんなに楽だっただろう。

 伝わるわけない現実を恨む。

 くそぅ……テレビ電話機能付携帯にしておけば良かった。

『さっき寂しがらなかったのは、そのせいなのね!』

「だから違うってば!それに大体俺にはその声聞こえないし!」

 ホント、マジで聞こえない。

 何が起こってんのか理解出来ない。

 え、なに、俺の後ろに幽霊でもいるの?ホラーなの?今日はホラーな日なの?

 目の前に居るくれ汰がニコニコ笑っているのが逆に怖い。

 怖くて振り返れない自分が情けない……。

『信じられない……会えないからって浮気するなんて…!』

「だから!本当に誰も居ないから!ここに居るのは俺…とくれ汰しか……」

 あ。

 ……え…あ。

『クレタ!?誰、それ!!』

(しまった、墓穴った!)

「違う!……くれ汰は居るんだが、いや違う!何が違う?や、違うんだよぉぉ……」

 早くも情けない声になる。

 PCに項垂れて、くれ汰に懇願するような形になる。

 頼むから、選択肢を誰か与えてくれ!


①ひたすら謝る

②言いわk……


『何が違うのよ!今から家行くから覚悟してなよ!?』

「ちょッ…せんた!?」

-ブチッ…ツーツーツーツーツー……

「…くし……がまだ……だったのにぃぃぃ……」

 え?何が起きたの起こったの?

【マスター、大丈夫カ?】

 大丈夫、お前は空気読めてるよ。




[ それから約1時間後 ]


-ピンポー…ピ!ピ!ピッピ!!ピッピッピピンポーン!!

 鳴り終わる前に連打してるし。

 こえーよ……。

 もう、今日はホラーな日に決定だろ。

-ガチャッ……

 恐る恐るドアを開けると、みとが仁王立ちしていた。

「こ…こんばんは~……」

「……こんばんは」

 声が裏返る。 (やま)しい事してないのに動揺し過ぎだろ、俺。

 何か悪いことしました…みたいな。

 しかし、何か悪いことしました?みたいな態度だと絶対逆撫でする。

 だから、ひとまずはこれでいい。はず。

「電車大丈夫だった?それとも車で…」

「アタシが車ペーパーだってこと知ってるよね?」

 はい。

 免許取った翌日に運転して、ぶつけたのも知ってます。

「…で?クレタさんはもう帰ったわけ?」

 玄関の様子を見ながら、言う。

 俺以外に誰も居ないんだから、靴も俺のしか無い。最初から。

「だからね……誰も居ないんだって。さっき電話でも言ったけど」

「ふ-ん」

 疑いの眼差しで俺を見上げる。

「入っても?」

 若干顔の強張りが緩んだような気がした。

 どんなに怒っていても、怒りで我を忘れてても、礼儀は忘れない。

 それが、みとだ。

「いいよ」

 俺は執事らしく、どうぞお姫様みたいな要領でドアを開けた。

 みとは靴を脱ぎ、丁寧に揃えて、部屋を見渡す。

 このまるで女っ気の無い部屋を見て、何を思うのか。

「帰したの?帰ったの?……最初から誰も居ないの?」

 冷静になればわかるじゃないか。よしよし。

「3番目。誰も居ないよ」

 俺は大人の顔らしき表情をしてみた。

 ほら、よくあるだろ。しょうがないなぁ…みたいな大人びた余裕のある顔。

 実際にその顔になっていたかは、わからないが。

「むぅ……じゃぁ、さっきの“クレタ”って?」

「“くれ汰”、はトークロイドっていうPCのソフトだよ」

「とーくろいど?」

 みとは首を傾げる。

 あ、可愛い。

 思わずみとの頭を撫でてみた。今なら許されるだろう。

 トークロイドのことは隠していたわけじゃない。

 みとはあんまりPCなどには興味が無いって言うか、根っからの機械音痴だ。

 話しても意味がわからないだろうと。

 意味がわからないことを話しても頭がパンクして、俺が何でか怒鳴られ、理不尽に殴られ、不機嫌になるだろうと確信していたから。

「トークロイドってのはね。ほら、これ」

 話しても理解出来ないものは、実際に見せるのが一番だ。

 俺は、PCの画面を見せた。

 くれ汰が寝ている。

 あ、もうそんな時間なのか。

 時計を見る。23:30。くれ汰の寝る時間はたいてい23:30前後だ。

「これ…?」

「そう。これが“くれ汰”。トークロイドってのは、音声合成ソフトって言って、実際に人間の声を元にしてね、言葉を入力して覚えさて、喋らせるモノなんだ。多少の調声は必要なんだけど。イントネーションとか、口調とか、速度とか」

 みとは、わかったのかわかってないのか、よくわからない表情をしている。

 が、くれ汰には興味を持ったようだ。

「へぇ。可愛いね」

(あ、そうか。こいつ……)

 そういえば、みとは可愛いモノ好きだった。

 意外と簡単に受け入れられそうだ。

「名前はもちろん、見た目とか、性格とか、声とかも色々細かく設定出来るんだ」

「ふ-ん……これが爽ちゃんのタイプなわけね。」

「い…いや……まぁ、ほら、ね。……でだ!さっきの電話越しの声は、くれ汰の声じゃないかと思うんだよ。大体の台詞なんかは、時間を設定して言うようにしてるんだけど。それ以外の台詞はランダムな時間に勝手に喋るようになってるんだ」

 くれ汰の寝顔を見ながら、みとはふむふむと頷く。

 でもまぁ、実際にPCの前に居た俺は、くれ汰の声を聞いてはいないんだが。

 でも、それしか考えられないんだよなぁ。

 ……本気で幽霊とかじゃない限り。

「まぁ、それなら安心かな。……ごめんね、疑って……押し掛けて」

「いいよ。明日会えない代わりに、会えたしね」

 お。俺、今いい事言ったんじゃない?

 今日を有終の美で飾れたか!?

 とニヤニヤしてみとを見ると、物凄い追い詰められた顔になっていた。

「……明日……仕事…なのにっ……!」

 はっとして時計を見る。

 23:53。

「あ…。」

「あああぁぁぁぁぁぁ!!」

 終電の時間は23:55。こっから駅までチャリ飛ばしても、10分弱かかる。

 あ…謝るしかないよな……とりあえず。

「ごめん……」

 項垂れて床に座り込んだみとは、首を横に振る。

「はぁ……いいよ。アタシが悪いんだから」

 溜め息混じり。

 俺は少し罪悪感を覚え、明日みとがうちを何時に出て、俺がどのくらいの速さでチャリを漕ぎ、何時の電車に乗れば間に合うのかを計算し始めていた。

「……だから…だろ。っで……こっからあそこまで……だから……」

「……爽ちゃん」

 みとが俺の服の裾を引っ張る。

 何だよ、彼女想いの俺に惚れ直したか?可愛いヤツだなぁ。もう。

 また頭撫でてやるか?それともキス?いや時間も時間だし……押したおs…

「ねぇ!爽ちゃん!」

「はい!すみません!!」

 勢いのある声に思わず、条件反射。

「は…何言ってんのよ?ねぇ、これ……どしたの?」

「ん?」

 みとがPCを指差す。

 俺がPCに目をやると、PC画面が乱れに乱れていた。

「うっわ、またかよ……。最近調子が悪いんだよなぁ。まったく…ん?」

「む?」

 乱れた画面の中で、くれ汰が全力でフル回転してる。

 いやいやいやいや……見ているこっちが目が回る勢い。気持ち悪くなる。

 こんなバグは今まで見たことないですけど。

 説明書説明書……にも載ってないよなぁ。

 [トークロイドが全力フル回転している場合…P34]とか。

「爽ちゃん爽ちゃん。くれ汰が居なくなっちゃったよ?」

「え!?」

 見ると、画面の中でフル回転していたくれ汰が居ない。

 壊れたのか、これ。

 1ヶ月で壊れるとか……マジ無いよな。

 呆然と立ち (すく)む俺に、みとが声を掛ける。

「そんなにショックなわけ?また作ればいいじゃない」

 そんなに簡単に言うなよ。

 お前にはわからないんだ。この喪失感が。

「はぁ……」

「?」

 まぁ、また明日イジればいいか。今日はもう遅い。

 みとを起こして、駅まで送る時間を考えたら、もう寝なきゃいけない。

(今日はツイてなかったなぁ…。)

 と。





 思った瞬間だった。





 多分、時計の針が00:00を差した。

 PC画面が光った。一瞬だったが、物凄い眩さで。

「??」

 二人して画面を見る。

 正常画面に戻っている。

「……今、光ったよね?」

「うん…光ったよね……。」

 何だったんだ。

 俺は、キーボードをいじる。

 PC機能が壊れたわけでも無さそうだ。

 何が何だか、ちんぷんかんぷんだが、壊れてないならそれでいい。

 カタカタとPCに向かう俺の服の裾を引っ張られる感覚がした。

「ふにゃぁ……」

 みとの欠伸。

 裾を引っ張っていたのは、目を擦るみとだった。

 どうやら限界らしい。

 ベッドに腰掛け、ウトウトし始めた。

 時間も00:00を過ぎてるし、そろそろ寝るか。襲うのはまた今度だな。

「みと。布団の中入ろう?風邪ひくよ」

「う…ん……爽ちゃぁぁん……」

 か……可愛い。ほんと、寝る前だけは可愛過ぎる。

 甘えた声で、俺の首に腕を回す。

 襲いたい気持ちを抑えて、引き寄せる。

「みと、ほら……」

「ん…すきぃ…にゃ……」

 おおおおぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃぃぃぃ!

 今、抑えたばっか!抑えたばっかりなんだよ!!

 すきって何だよ!にゃ…って何!?反則すぐる。

 男の気持ちを弄ぶなんてっ…みとのバカっ!!

 なんて俺こそバカな事を言いながら、理性を保ち、みとを布団の中に入れた。

「おやすみ」

 電気を消し、俺も寝ようとしたが、PCが気になった。

「…っと、PCは本当に大丈夫なのか?」

 俺は、椅子に腰掛けた。




-カチャカチャ……カタっ……

 暗闇でキーボードの音だけが響く。

 とりあえずは問題は無さそうだ。

 くれ汰もあの全力フル回転の疲れか、ぐっすり寝ている。

「良かった」

(さてと。俺も寝るかな)

 後ろを振り返ると、みとの寝顔。

 ニヤニヤして幸せを噛み締めた。俺は今日何回ニヤニヤしてんだ。

 鏡を見た時のことを思い出して、すぐに両手を顔に当てた。

 あれは……無いよな。

 片手で頬をムニムニ戻しながら、PCを触る。

「今日ってか昨日は色んな事があったけど、今日もヨロシクな。おやすみ、くれ汰」

 俺は、寝ているくれ汰をカーソルで撫でる。

 椅子から立って、両手を組んで軽く伸びをし、大きな欠伸をした。






-瞬間に。






【くすグッタいヨ、まスたぁ-…ヤめてヨネ】

 俺は欠伸の為に開けた口のまま、フリーズした。

「あ…?」

 周りを見渡した。みとしか居ない。みとは眠っている。

 他に誰が居る?誰も居ないよな?うん、居ない。

 俺は喋ってない。俺はそんなにイタイ奴じゃない。

 え、ほんとに幽霊?みとが聞いた声は、これだったのか?俺にも聞こえた?

「え……?」

 もう一度、周りを見る。誰も居ない。

 俺は断固として、聞き間違いだと信じたい。

 故に、さっきのは無かったことにして、寝る方向で話を進めたい。

【マぅタぁ-…もォ寝ルのカ?】

 ……聞き間違いじゃないのカ?

 確かに、聞こえた。声が聞こえた。はっきり聞こえた。

 片言みたいな日本語。拙い言葉。みとの寝言では……無い。

 声のする方を恐る恐る振り返る。

「……くれ汰……?」

 後ろにはPCしか無い。PC画面には、くれ汰が笑っている。

「起きてたのか」

 いつの間に。ってか、設定は一度寝たら朝8:00まで目が覚めないようにしてあったと思ったんだが。 最近は調子悪いみたいだし、設定もグダグダなのか?

「まぁPCだし、寝なくても大丈夫だよな。こう、何つーか、人間的には胸が痛むが」

 何だ、くれ汰なら納得も行く。

 良かった。これで安心だ。俺の睡眠も安泰だ。

 あんな言葉を教えた覚えは無いが、勝手に覚えるものなのかもしれないな。

 最近の技術はすげぇな。うん、すげぇけど、こえーよ……。

「びっくさせんなよなぁ。なぁ、くれ汰」

 ビクビクしてた反動で若干テンションが上がってしまい、画面をでこ(?)ピンした。

【いタイよ、マすタァ~…何スんノさ】

「ははっ!ごめんよ、くれ……た?」

 ……いやいやいやいや。待て待て待て。

 落ち着け、俺。今、俺は誰に返事した?

「……お前…なのか……?」

 今日(昨日含む)は何の日、ホラーな日!

 何が起きても怖くな……いよな!!

 怖くない!怖くない!!だてに、みとと1年付き合ってない!!

「くれ汰?」

 俺は、そっと画面に手を伸ばし、くれ汰の頬(の辺り)をなぞる。

 同時に、くれ汰の顔がふふっと揺れた。

 でも急に思い出したように、キッとして。

【用ガあッテ呼んダンだよネ??】

「!」

 返事した……いや、それどころか、画面に触れたのが伝わった!

 俺のPCに感応機能なんて付いてたのか!知らなかった……。

 どっかの電気屋で安くなってたやつだったんだが。

 今のPC、あなどれねぇな……。

「本当にお前が喋ってたのか」

 倒れるように、椅子にもたれ込む。

 しっかし、こんなソフトが3万程度で買えるんだもんなぁ。

 説明書に書いてなかった気がする。が、ちゃんと読んでない気もする。

【???】

「いや、お前は悪くないよ。読まなかった俺が悪い」

【「オマエ」ぢゃナい……】

「ん?」

 くれ汰が少し俯く。

 少し頬も膨れている?

【ボク、「オマエ」ぢゃナイ!!】

「あ……」

 ……拗ねているのか!?

 か…可愛えぇ…!これがまさしく俺が求めていたモノじゃないのか!?

 性格、迷った挙句にツンデレにして良かった!俺、GJ。

 そんなことを脳内で自画自賛していたら、くれ汰がそっぽを向いていた。

「おっと……ごめんごめん。お前はお前じゃないよな。ってフォローになってないし!」

【むゥゥゥ……】

 やばい。からかいたくなる可愛さだ。

 みとにも妹にも無い可愛さだ。

 しかし、序盤でからかい過ぎて、性格が捻くれられては困る。

 それは、みと一人で十分だ。

「ごめんな、くれ汰」

 俺は優しいお兄ちゃんのように、画面を撫でた。

 膨れっ面のくれ汰は、顔をぽっと赤らめた。

(お?)

 左斜め下に俯いて、ちらっと俺を見る。

 またすぐ視線を落とし、バッと真下を向いた。と思ったら。

【ふふふッ】

 と、恥じらいを秘めた笑顔で前を向いた。

 何ですか、それ。お前までもが反則技を使う気ですか。

 俺は悶えた。多分端から見たら、だいぶ気持ち悪い。

「爽ちゃ……?」

 身悶える俺の呻き声を聞いてか、みとが薄っすら目を覚ます。

 しまった、今何時だ?

 03:24。

(うっわ……もうこんな時間か)

「ごめん、みと。俺ももう寝るよ」

「ふにゃぁぁ……」

 よしよし。布団をかけ直して、頬を撫でてみた。あったかい。

 やっぱリアルはいいな。リアルの温かさには敵わないよな。

 なぁんて現実の良さを再認識しつつ、PC画面に目をやる。

「……」

【???】

 くれ汰が不思議そうに首を傾げる。

 いや、こっちも十分いいけどな。うん。

 まぁこれからのくれ汰に関しては、明日(今日か)大学行ってから比良(ひら)に聞こう。

 比良は、トークロイドを俺に勧めた張本人。

 ……授業に出てくれてればいいけど。

 一応メールしとくか。

[宛先:比良 本文:明日授業来いよ。]

 よし。じゃぁ、寝るかな。

 2時間後には起きなきゃだが。

「くれ汰。俺、朝早いからもう寝るよ。おやすみ、今日もヨロシクな」

【ウん……ますタァァ-、おヤミみなさイ】

 ……この日本語もどうにかせんといかんな。

 フィリピンパブにでも居るような感覚が否めない。

 行ったことないけど。




 俺は、目一杯伸びをしてから、PCを閉じた。

 とりあえず、ベッドに腰掛け、息を吐く。

 みとのおでこに軽くキス……しようとしたら、払い除けられた。

 不条理だよね、現実は。

 もういいもん、起きたらくれ汰に癒されよう。

 そんな暇があればいいけど。




 束の間の休息。

 安眠妨害禁止。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ