スレ民が調べ上げた内容、調査報告ともいう、あと考察っぽいなにか
〇【くがつ村】について
・元々は【かがち村】と呼ばれていた
いつからか、【くがつ村】呼称となり、正式名称になった
・川の氾濫や土砂災害の多い土地だった
・かがち=蛇の古い呼称
・【くがつ村】および周辺の村には、水の神様を鎮めるための祭があった
・土砂災害や川の氾濫=神の怒り、祟と考えられていてそれを鎮めるためのお祭りだった
・やがて何故か五穀豊穣や収穫祭も兼ねたお祭に変化していった
・祭は三日間催される盛大なもので、【くがつ村】が主体となって行っていた
・災害で壊滅し、事実上滅んだ現在は近隣の集落が持ち回りで祭を執り行っている
〇祭について
・大昔は生贄を捧げていた
・生贄を神に捧げる儀式、それを行っていた場所が【呪われた家】のある場所だった
・時代が変わり、祭の様式も変化
・時代の移り変わりとともに、儀式の場も別の場所へ移された
・やがて、そのことを覚えている者もいなくなった
・筆まめな者がいて、これらの調査記録がのこっていた
〇考察のようなもの、まとめ
・元々生贄を捧げていた場所の穢れが時代とともに濃縮された可能性がある
・それがきっかけで、あの土地に建つ建物に関わったら首吊りをするものがでた可能性高い
・なぜ首吊りなのか??
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それを言うなら、なぜカフェにくっついてきたお化けは焼け爛れていた??
明らかな火傷の痕であることは、画像をみれば明白である
・原因かもしれない大昔の生贄の儀式と、今回のお化け騒動が繋がらない
・【結論】あの土地にはそんな大昔の生贄の儀式とは関係ない、わりと最近のおぞましい何かがあるのかもしれない
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理由、自営業者曰く焼け爛れた姿のお化け、その服装が現代のものだったから




