第5話「落下の果ての“欠陥”(2)」
ナユタの奏でる歌は、長くは続かなかった。
最後の一音が静かに消える。
と同時に、淡い光もフッとほどけて消えたのだった。
「……ど、どう……ですか?」
おそるおそる聞いてくるナユタ。
俺は左腕を回し、脇腹を押さえ、足に体重をかけてみる。
「おお……」
「えっ」
一瞬焦るナユタ。
「……普通に動くぞ。さっきまでとは大違いだ」
「よ、よかったぁ~……!」
その場にへたり込みそうな勢いで、ナユタが胸を撫で下ろす。
「おいお前、もしかして自信なかったのかよ」
「だ、だって……治す前に何か変なところへ流れたらどうしようって思ってましたし……」
「思ってたのかよッ」
「でもっ、ちゃんとできましたよ?」
「そこは素直に助かった。ありがとう」
「えへへ……」
ぱっと顔を明るくするナユタ。
……わかりやすいヤツだ。
「まあいい。動けるうちに、進むための戦略を立てるぞ」
俺は改めて周囲を見渡した。
「え、進むんですか? ここでリィゼルさんを待ったほうがいいんじゃ」
「いつ合流できるかわかんねぇだろ。もしかしたら、どこかに出口があるかもしれない。そしてここが何なのかも――立ち止まってたら何も分かんねぇ。食料も水も限られてる。いつまでもいられるわけじゃない。だったら調べるしかないだろ?」
「そう……ですね」
誰も知らない地下領域。
我が国の文明ではありえない構造。
そして、まだ正体の分からない妙な“何か”。
不安はある。
だが、それ以上に――確かめたいッ……
そう思ってしまうあたり、やっぱり俺は、生粋のデバッガー気質なんだよな。
***
剣はある。
防具も無事だ。
携帯照明も無事だし、背嚢も落とさず済んだ。
中身は水筒、堅パン、干し肉、乾燥チーズ、火打ち石、拾った魔物素材……などなど。
2人分を合わせればそこそこの量だが、節約したって何日も籠城できる量じゃない。
てか今回のダンジョン、ほんとは日帰り予定だったんだぞ。
念のため、ってことで少々多めに持ってきてて正解だよ……。
状況を把握できたところで、俺は言った。
「第1の目標は『出口を発見すること』」
「はいっ!」
「第2の目標は『ここが何なのか調査すること』」
「……はい?」
首をかしげるナユタ。
「いや調べるだろ普通」
「えー……エルヴィンさんの普通、ちょっと変です……」
「変じゃない。俺たちは今、未知の領域にいる。ここが何かを理解できれば、どんな危険が潜んでいるか推測しやすくなる」
「あ! 結果として、安全に進めるようになるってことですね?」
「そういうこと。いいか、情報は武器だぞ?」
「わぁ~、勉強になります!」
すっかり信じ切ったらしいナユタ。
まぁ半分は本音、半分は出まかせだけどな!
怖くないと言えば嘘になる。
でも、未知の構造を前にすると、恐怖と同じぐらい、知りたい欲も湧いてくる。
……悪い癖だよ、ほんと。
***
しばらく歩いたところで、ナユタが言った。
「……エルヴィンさん」
「なんだ?」
「あの……大丈夫、なんですよね?」
「知らん」
「え!? そんな無責任な――」
俺の答えに慌てるナユタ。
「いやいや、下手に適当な事を言うよりいいだろ。知らんものは知らん。だからこうやって調べてるんだ……お、これ、高く売れそうだな!」
落ちていたのは、見覚えのない青銀色の金属ブロック。
やたらと軽く、やたらと丈夫。
武器とかに加工したら、割といい感じっぽいんじゃないか?
呆れた顔でドン引くナユタ。
「ほんと図太いですよね……こんなときに、お金の話なんて」
「金は大事だぞー。この世はなぁ、何をするにも金がいる」
ま、生きて帰れたら、の話だけどな!
***
やがて通路は2つに分かれた。
――右は広い。
――左は狭い。
どちらにしても奥は見えない。
俺の携帯照明は急いで買った安物で、あんな遠い所まで照らせない。
ナユタの持ってた高級携帯照明があればよかったんだが、落下時に行方不明ときた……。
ちくしょう、あれさえあればッ!
気を取り直して前を向く。
「さぁナユタ、どっちを選ぶ?」
「えっと……出口につながってるほう?」
「それが分かりゃ苦労しねぇよ……」
途方に暮れたようにつぶやくナユタ。
「うぅ……どっちが出口なんでしょう? 落ちてきた穴からは出られないし、あたりも暗いし、まるで閉じ込められたみたいですぅ」
「閉じ込められた、つまり密室…………待てよ?」
ふと、頭の中に引っかかる。
俺は周囲を見回した。
――ダンジョン。
それは魔物たちが住まう領域、外界への出入口を備えた構造。
この場所はダンジョン内ではあるが、まるで“密室”。
――密室。
それは閉じ込められた空間、外界から遮断された構造。
だとすれば、この場所は……
「……仮に『ダンジョン=密室』と定義すれば――出入口って欠陥だよな?」
「ん? それってどういう――」
ぽかんとするナユタ。
「発想の転換さ。この場所を仮に“閉じ込められた密室”と見るならば、外に出られる道ってのは、むしろ“欠陥”ってこと!」
俺の加護は、使用者が意識した対象の欠陥がわかるというもの。
だったら対象の定義次第で、鑑定結果が変わってもおかしくない。
深く、深く、息を吸う。
それから俺は「この“未発見領域”の全体」をひとつの対象として意識した。
『――【粗探し】』
脳内に響く、無機質な声。
次の瞬間、視界の中で左の通路の壁面に出たのは――赤い線。
「――出た」
「えっ何が?」
「欠陥。つまり出口へと繋がる道さ」
「へ?」
「正解は左だ、おそらくな。行くぞ!」
「あ……はい!」
***
「「…………」」
左の道、赤い線を辿った先。
俺たち2人は無言で立ち尽くしていた。
やがてナユタが口を開いた。
「……エルヴィンさん。なんか言うことありますよね?」
「んー、有るような、無いような」
「うぅ……まぁしょうがないですよ、未知の領域なんで」
「「はァ」」
2人揃って、大きな溜息をつく。
「おかしいな? 【粗探し】は確かにこっちを指してるんだが……ん?」
赤い線の先は、正面の壁を指している。
よくよく見れば。
ちょうど指し示された1点に、凹みのような穴があった。
これってもしかして……!
「ナユタは下がってろ。で、警戒しとけ」
「なんで?」
「何が起こるか分からないからさ」
言われた通りにナユタが下がったところで。
俺自身も警戒しながら、凹んだ部分を、グッと押し込む。
――ゴゴゴゴゴ……
音を立てて、壁の一部が開いていく。
その先には人ひとり通れるほどの隠し通路が続いていた。
「ほい。道が開けたぞー」
「す、すごい……」
目を丸くするナユタ。
「これって、エルヴィンさんの加護が見つけたんですよね」
「そうなるな」
「ほんとにすごい……さっきは疑ってしまってごめんなさい」
まぁ疑うよな~。
ちなみにさ、俺も今、とても驚いているところだぞ。
正直ちょっと楽しくなってきた。
――【粗探し】。
最初は、人の秘密を暴くだけの嫌味な加護かと思ってたが――
想像以上に凄い能力なのかもしれないな!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
彼らの冒険はまだまだ続きますが、書きたかったシーンが5話となるため、いったん完結扱いとさせていただきます。
続きは気が向いたら……ということで!




