第4話「落下の果ての“欠陥”(1)」
落ちていく――
分かるのは、たったそれだけ。
俺とナユタの身体は一直線に暗闇の底へと吸い込まれていく。
上から響くリィゼルの叫びも、もうずいぶん遠い。
ってか!
どんだけ長いんだよ、この落とし穴!
耳元で唸る風。
同じく落ちながら、怯えきっているナユタ。
上下の感覚も曖昧になった、その時。
何気なく穴の底のほうへ意識を向けた瞬間。
『――【粗探し】』
脳内に響く無機質な声。
浮かぶウィンドウ。
・・・・・・・・・・
■名称
エスラディナ式 落下搬送縦坑
■欠陥
上方からの落下物を保護する安全機構が、経年劣化により破損している。
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落下物……今の俺たちみたいなもんか。
それを保護する安全機構が、経年劣化で、破損――
――やっべ! このままじゃ死んじまうッッ!
「ナユタ、さっきのをもう一回やれッ!」
「さっきの……?」
「魔術障壁だよ! いいから下に向けて張るんだッ!!」
「あ――はいッ!」
ナユタが胸元のペンダントを握りしめる。
光が弾け、俺たちの真下へ展開したのは半球状の障壁。
次の瞬間――
――ゴォンッ!!
「がッ!」
「きゃああっ!」
衝突に耐えきれなかったのだろう。
魔術障壁の表面に、蜘蛛の巣みたいな亀裂が走る。
でも、一瞬だけ――
――その一瞬が。
俺たちの“命”をつないだ。
落下の勢いと衝撃は、砕けた障壁が削ってくれた。
俺たち2人は、床の上を転がるように着地したのだった。
「痛ぇ……死ぬほど痛ぇ……」
だけど――――生きてる。
「ナユタ、無事か?」
「はい……たぶん……?」
「『たぶん』って何だよ?」
「だ、だって……全身がジンジンしてて……」
「まぁ、あの高さから落ちりゃあな……」
呻きながら身を起こす。
暗闇に目が慣れるまで少しかかった。
それから見えてきた光景に、俺は思わず息をのんだ。
「……なんだ、ここ」
さっきまでいた上層のダンジョンとは明らかに別物。
周囲には、俺たち以外の人や魔物の気配はない。
床は、黒灰色の金属状の物質。
鏡みたいになめらかで、継ぎ目が妙に正確だ。
さっきまでの石造りのダンジョンと違って苔ひとつなく。
ケーブルライトのような青白い筋が、脈打つように薄っすら輝き点滅している。
建築物というより、何らか装置の内部に迷い込んだような……違和感。
「そういや【粗探し】の鑑定結果に、『エスラディナ式 落下搬送縦坑』って書かれてたな……」
エスラディナ……確か、幻の古代文明だったっけ。
歴史の個人授業を受けたとき、家庭教師の爺さんから聞いた気がする。
だが目の前の光景は、古代――というには何かが違う。
むしろSF映画にでも出てきそうな、近未来っぽい雰囲気だ。
ナユタがかすれ声で言う。
「上の階層と全然違う……ギルドの地図にも、こんな場所は載ってませんでした」
「だろうな」
載ってるわけがない。
あのひび割れ方も、床下構造も、最初から誰かに見つかる前提じゃなかった感じだ。
「う~ん……未発見領域、ってやつか?」
「そんなの聞いたことありませんよ」
「俺もだ。少なくとも、ダンジョンの床が抜けたら、こんな“裏面”みてぇな場所があるなんて話は……“この世界では”、だけどな」
――没マップ。
前世の俺がゲーム会社で働いてた頃。
こっそり開発スタッフから見せてもらったこともある、一般公開しないはずの領域。
妙に整いすぎていて、誰かしらの“作為的な意志”がこめられているような……。
なんだか嫌な感覚が、ぞわりと背筋をなぞった。
「リィゼルさん……来られますかね?」
ただただ不安そうに、天井のほうを見上げるナユタ。
遥か上には、ぽっかりと空いた穴の入口。
ただし高さがありすぎて、こっちからじゃどうにもならねぇ。
落下の途中で崩れた瓦礫も散っているし、あの猫耳護衛の身体能力でも、すぐ追ってこれるかは怪しいもんだ。
ゲオーグたちとの戦闘に、1人取り残されているのも気になるが……。
……まぁリィゼルのことだ。
守るべき対象はこちらにいるわけだし、アイツだけならどうにかなるさ。
「来られるなら来るだろ。アイツ執念深そうだし」
「それ……褒めてます?」
「ああ褒めてるよ。護衛としちゃあ大変優秀だ、ってな!」
ナユタは小さく吹き出しかけるが、すぐに不安そうな顔へ戻った。
「……エルヴィンさん」
「ん?」
「どうしましょう」
「ここで立ち尽くしてても始まらねぇよ。とにかく周囲を調べるぞ」
一歩、踏み出しかけて――
「ッ、いてぇ……!」
思わず顔をしかめる。
落下の直撃はバリアでだいぶ殺せたはずなんだが……。
……あ。
そういや俺、ゲオーグの攻撃で結構なダメージ食らってたわ。
炎に焼かれた左腕。
壁に叩きつけられた背中。
蹴り飛ばされた腹。
あちこち痛ぇよ……ったく、乱暴なヤツめ!
「だ、大丈夫ですか……?」
「ほう……大丈夫に見えるか?」
「見えません……」
しゅんと肩を落とすナユタ。
ほんと素直だよな。
「な、治しますッ――」
「おい待て」
とりあえず反射で止める。
俺の【粗探し】で分かったこと。
ナユタの加護には“条件”がある。
――強い恐怖を抱えた状態で加護を発動すると、魔力の制御が乱れ、治癒対象ではなく周囲へ干渉しやすくなる。
――制御が乱れると、力が暴走する。
ただでさえナユタは不安定な少女。
しかも今は、正体不明の地下区画に閉じ込められた直後だ。
落ち着いていれば成功するらしいが……状況的には無理があるだろ。
ぎゅっとペンダントを握りしめるナユタ。
それから俺を、まっすぐ見つめた。
「……大丈夫です」
「…………言い切るなぁ」
「そりゃ怖いですよ……でも、今までみたいに、怖いだけじゃありません」
「というと?」
ナユタは微笑み、そして言った。
「エルヴィンさんが、理由を教えてくれたから……怖いと失敗するなら、怖がりすぎないように、心を決めて、ちゃんと歌えばいいんです」
「歌? 何のことだ?」
「私の加護、【神の歌姫】は、感情を乗せた歌で“奇跡”を起こす……いうなれば、音楽魔法の一種なんです」
「ああ、この間のか……」
ナユタと出会った時、俺は瀕死だった。
あれを治せるって……まさに“奇跡”ってヤツだよな
理屈としては筋が通ってる。
真っすぐな瞳で俺を見つめるナユタ。
安定は……しているようだ。
ま、痛みに耐えたまま動くほうが危ねぇか。
なんたってここは未知の領域。
どんな危険が潜んでいるかわからない。
俺の【粗探し】もさっきからザワザワしてるしな……。
大きな溜息ひとつついてから、俺は腹をくくった。
「……分かった。任せる」
「はいっ」
ナユタはその場で姿勢を正すと、胸元のペンダントへそっと指を添えた。
それから、静かに息を吸う。
――地下の薄闇。
――溶け出したのは、澄んだ歌声。
古い祈りを思わせる、やわらかな旋律。
張りつめた空気が少しほどける。
か細いのに不思議とよく通る声が、俺の脳へと染み込んでいく。
やがて、ナユタの指先とペンダントから零れ落ちたのは淡い光。
踊るように揺れながら、左腕へ、脇腹へ……俺の身体中へと流れ込んできた。
熱かった傷。
少しずつ冷えていく。
鈍く脈打ち続けていた痛みも、波が引くみたいに薄れていった。




