第3話「“恥さらし君”と、地獄の炎」
――地脈干渉型の山岳ダンジョン。
ナユタがそう呼んだ裂け目は、近くで見るとますます異様だった。
苔生した石壁は、明らかに人の手が入った幾何学的な形状で、古い時代の文様がそこかしこに彫り込まれている。
「……遺跡、だよなぁこれ」
「いにしえの文明の建造物を取り込んで成長したダンジョンだ、という説もありますよ……確定ではないですけど」
ナユタが無邪気に補足する。
「よく知ってるな」
「昔、祖母に教わったんです! なんかロマンがあっていいですよね」
「祖母ねぇ……」
「――おい貴様、わかっているだろうな?」
ギロリとにらみつけるのは、猫耳獣人護衛のリィゼル。
「はいはい。余計な詮索はしねぇよ」
今はそれより、ダンジョン内部のほうが興味あるんでね。
俺は“次期当主様”として育てられた身なもんで、こういう危険な場所へは近づいたことが1度もない。
そのぶん教育は厳しかったし、知識としてはひととおり持ってはいるけどな。
***
警戒しつつダンジョンに一歩踏み込む。
外の陽光は遠ざかり、湿った冷気が肌を刺す。
両脇を囲む石壁は苔生しているが、床はそうでもない。おそらく人や魔物が割と通っているのだろう。
「ゲームのダンジョンより、ずっと生々しいな」
「げえむ?」
俺の一言に、ナユタが首をかしげる。
そりゃまぁこっちの世界にゲームなんてもんはないからな。
「気にすんな、前世の話だ」
「え?」
「……道理の通らぬ発言という自覚はあるのだな」
「おうよ、あるとも!」
「ったく……」
呆れた目のリィゼル。こいつ、なんだかんだツッコんでくれるんだよなー。
先頭は俺。
中央にナユタ。
後ろをリィゼルが警戒しながら進む。
ん~、護衛としての配置だね。
要するに、ナユタを守るついでに俺も監視されてるわけだ。
まぁそのぶん“仕事”してくれるから、特に文句をつける気はない。
入口からしばらく進んだところで、最初の魔物が出た。
俺と同じぐらいの大きさの、メタリックな甲殻をまとった虫型だ。
通路の隙間から現れたそいつが、意気揚々とナユタへ飛びかかろうとした瞬間――
「虫ケラめッ!」
リィゼルの姿が消えた。
そして数m先の魔物の後ろに現れた。
次の瞬間には、魔物が真っ二つに割れて、床に転がっていた。
「フンッ……」
魔物を切り裂いたばかりの長い爪を、血振りのように振り払ってから、リィゼルは爪をひっこめた。
彼女が魔物を倒した後の、お決まりの儀式みたいなもんである。
実際に効果がどんなもんかはわからんが。
「……今の見えたか?」
一応、ナユタに聞いてみる。
「見えるわけないですよ、あんなの……いつもいつも速すぎて」
「だよなぁ……」
どう考えても――
――規格外。
しかも、ただ斬っただけじゃない。
最小限の動きで急所だけを断っている。無駄が一切無い。
気づいた時には終わってたってやつ。
猫耳美人の所業じゃねぇよ……こいつが味方で本当によかった。
「とはいえ、全部をリィゼル任せにするつもりもないけどな!」
次に出現した蝙蝠型魔物の1体目は、先頭の俺が剣で倒した。
……そう。
確かに俺に戦闘系の加護は無い。
だが貴族の子息として学ぶべき剣術や体捌きは、幼い頃からこの身体に叩き込まれている。
本職ほどじゃないにせよ、雑魚相手なら十分通じるってわけ!
「右ですっ」
ナユタの声。
と同時に気配を感じ、振り向きざまに剣を払う。
背後から飛びつこうとした蝙蝠型の2体目も迎撃完了。
「……助かった」
「いえ」
それにしても相変わらず、無駄のない声掛けだな。
ポワッとした少女ではあるが、それなりにナユタも戦闘の場数を踏んでいるようだ。
***
やっぱり実戦は大切だ!
前衛の俺は、囮になりつつ、弱い魔物から確実に処理。
強い魔物が出てきたらリィゼル任せ。
ナユタは2人の間でサポートに徹しつつ、時折声がけする指示役。
倒れた魔物の牙を背嚢に放り込み、ぼそっと俺はつぶやいた。
「12体目も楽勝っと……ダンジョンって、意外とたいしたことないんだな」
「まだ入口付近の低層ですから。でも何が起こるかわからないし、油断しちゃダメですよっ――」
ナユタが言い終えるより先に――
「――……そうだぞ、油断は禁物だ」
前方の暗がりから聞こえたのは、粘着質な男の声。
無性に不快を覚えた俺は、反射的に剣を構える。
一瞬でリィゼルもナユタの前へ出た。
暗がりから現れたのは3人。
まずは、高級服な冒険者の男。
その後ろに、派手な薄着の女魔導士。
さらに、荷物持ちらしき軽装の男が続く。
先頭の顔を見た瞬間、俺の眉間が跳ねた。
「誰だッ! ……お前、ゲオーグ!?」
「これはこれは――」
ゲオーグは大げさに両手を広げた。
「誇り高き、我がベネディスター家の“恥さらし君”じゃないか」
――ゲオーグ・ベネディスター。
俺にとっては傍系の従兄にあたる男である。
もともと嫌味なヤツだったが、上級魔術加護【地獄の炎】持ちと判明してからは、さらに幅をきかせている印象だ。
明るい紅髪を後ろへ流し、上等な軽鎧の上から冒険者風の外套を羽織っている。
知らないヤツが見れば爽やかな貴公子。
だが口元の笑みはねっとりしていて、底意地の悪さがにじみでている。
「とっくのとうに野垂れ死んだとばかり思っていたが――ハハハ、元気そうで何よりだよ!」
「……ッ」
後ろのナユタが俺に聞く。
「知り合いですか? あの嫌な人」
「……従兄のゲオーグだ。将来のため、冒険者として実戦経験を積み重ねているとは聞いていたが……まさか、こんな所で会うとはなッ……!」
「そりゃ俺の台詞さ! あの温厚な当主様を怒らせるほどの無能なクセに、わざわざ危険地帯に潜るとはねェ……物好きにも程がある」
「…………」
言い返せない。
父上のことも、勘当のことも、全部事実だ。
というか……もう半分どうでもよくなってきた。早くコイツから離れたい。
俺が黙ったのを見て、ゲオーグはますます愉快そうに笑った。
「ハハハ……悪いことは言わん、命は大事にすべきだぞォ? ま、これも何かの縁だし、優しい俺達が地上まで送り届けてやってもいいが――」
「ちょっと! さすがに失礼ですよ!?」
堪えきれず、ナユタが俺の横に並んだ。
ゲオーグの目が、そこで初めてナユタをまともに捉える。
そして、あからさまに光った。
「ほう……お前は?」
「あなたに名乗る名などありませんッ!」
「可愛い顔に似合わず、ずいぶん強気だねェ……気に入った。俺の“愛人”に加えてやろう」
「愛じ……?」
真っ赤な顔で言い淀むナユタ。
「――は?」
瞬間、リィゼルが殺気を放った。
ヒエッ……今、ダンジョン内が氷点下になったかと思ったぞ……?
「今、何と言った」
尖った氷のように瞳を冷たく光らせ、前に出るリィゼル。
ささっと猫耳護衛の後ろに隠れるナユタ。
「ん? 何だお前。護衛気取りか? 体つきだけは悪くないが……いまいち俺の好みじゃねぇなァ」
上から下までリィゼルを嘗め回すように眺め、ゲオーグは鼻で笑った。
「……質問に答えろ」
「はは、怖いねェ~。そっちのお嬢さんとは大違いだ」
「ウフフ……」
妖艶に微笑む、連れの女魔導士。
おそらくパーティメンバーだろう。
露出の多い装備に、馴れ馴れしくゲオーグの腕へ触れているあたり、関係性はお察しである。
……だめだ。
もうストレス限界。
俺、やっぱ……コイツ嫌いだわ!
「あのなぁ、こっちも用事があってダンジョンに来てんだ! ナユタたちに絡むなよ!」
ゲオーグとリィゼルの間に割って入る俺。
「へ~、ナユタちゃんねェ……お前の“女”か?」
「違ぇよ。彼女とは特別に臨時パーティを組んでるだけで――」
「なら邪魔すんなッ!」
――ドン!
不意に胸を突き飛ばされた。
「グはッ……」
背中から壁に叩きつけられ、重い痛みとともに、肺の空気が一気に抜ける。
俺はこれまでゲオーグと直接やり合ったことはない。
所詮は傍系――もしかしたら、心のどこかで、そんな風に甘く見ていたのかもしれない。
「エルヴィンさ……きゃっ!?」
駆け寄ろうとしたナユタの腕を、ゲオーグが掴んで引き寄せる。
「なァ、俺と行こうぜェ……こんな“無能の死に損ない”と一緒にいても明日は無いぞォ?」
「手を放せッ! 貴様ごときが触れていい方ではない――」
怒りに任せたリィゼルが高速で接近するが――
「おおっと」
ナユタの顔のすぐ横で、ゲオーグの掌に炎が灯った。
声にならない声で悲鳴を上げる少女。
近づけなくなったリィゼルが、悔しそうに歯ぎしりする。
ゲオーグは、炎をナユタに見せつけるように遊びつつ、言葉を続けた。
「……対して俺の加護は【地獄の炎】。地獄の炎を自在に操る強力な炎魔法で、輝かしき未来が約束されていると断言でき――」
――頭の中で何かが切れた。
「いい加減にしろッ!!」
俺は床を蹴った。
剣を構え、真正面からゲオーグへ斬りかかる。
響き渡る金属音。
ゲオーグは炎だけの男じゃなかった。
腰の細剣を引き抜いて、どうにか俺の斬撃を受け流す。
炎が消えた隙にナユタが逃げ出し、リィゼルの後ろへと飛び込んだ。
「へぇ……無能の割に、ちゃ~んと振れてるじゃないか。偉い偉い」
「黙れッ!」
2撃、3撃。
剣筋は荒いが、全力で押し込む。
ゲオーグは笑みを浮かべたまま後退し、間合いを外した。
「【地獄の炎】」
瞬時に、赤黒い火球が走る。
「っ!」
横に飛んで回避する俺。
スレスレでかわし切ったはずなのに、熱だけで頬が焼けそうになる。
どんだけ高温なんだよ!?
「エルヴィンさんっ――」
「下がってろ、ナユタ!」
前に出ようとするナユタに声をかけた瞬間、ゲオーグの連れの女魔導士が杖を掲げた。
風刃のような魔法が飛び、俺が飛び退くと同時に、足元の石畳を砕く。
間髪いれずに俺へと矢を放ってきたのは、軽装の男。
「弓使い!? 荷物持ちじゃないのかよッ」
どうにか避けた俺が叫ぶ。
「ははッ! “荷物しか持てない無能”なんか連れて歩くわけないだろう」
勝ちを確信してゲオーグ。
身体をくねらせて色っぽく挑発する女魔導士。
無言&無表情であくびをする弓使い。
こちらを完全になめきってんな……!
「――ちッ、1対3か」
「そっちも3人だろ。お前、算術もできなくなったのか?」
「“実質”ってヤツだよ――」
俺の言い終わりを待つことなく、ゲオーグは嫌味に笑って斬りかかってきた
そこからは一気に乱戦だ。
俺は、ゲオーグ。
リィゼルは、連れの女と荷物持ちの男をまとめて相手取る。
ナユタは、後方で逃げ回りながら援護に専念。
遠距離攻撃を得意とする2人を相手に、接近戦へ持ち込もうとするリィゼル。
正面から打ち合わず、音もなく死角へ滑り込もうとするのだが――
――魔導士と弓使いの息のあった連係プレイになかなか近づけないようだ。
ナユタも守りながらだしな。あいつの本職、護衛だし。
「リィゼル相手にあの立ち回り……あいつら、やるな」
「余所見をするなよッ」
剣を交えながら俺が思わず言葉を漏らした瞬間、対するゲオーグが炎球を放った。
「くッ!」
避け切れず、俺の左腕を灼熱がかすめる。
「戦場で他人を見る余裕があるのか? やはり“無能”は無能だなァ」
余裕の表情で攻撃を続けるゲオーグ。
……悔しいが、強い。
剣の腕だけなら、俺が少し上だと思う。
だが向こうには【地獄の炎】がある。
そして迷うことなく人を焼けるだけの“悪意”も。
全くもって、たちが悪いぜ。
斬り結ぶたびに間合いをずらされ、そこへ炎がぶつけられる。
戦い慣れたヤツの立ち回りだ。
正攻法を得意とする俺とは相性が悪い……じわじわ削られていくのが分かる。
「どうしたァ、エルヴィン? その程度でナユタちゃんを守るつもりか?」
「黙れッ! お前の玩具にさせるつもりはねぇよ!」
「お、やっぱりお前の“女”か?」
「だから違ぇって――」
剣を打ち込みながら叫ぶ。
だがその一瞬の揺れを、相手は見逃さなかった。
「油断するなよ、“恥さらし君”?」
「がッ」
ゲオーグに腹を蹴り飛ばされた俺が吹っ飛ぶ。
遠くの床に叩きつけられ――
「【地獄の炎】」
ゲオーグが放った特大の炎が爆ぜた。
「しまっ……」
終わりを覚悟する俺だが――
「――させません!」
俺の前に飛び込んできたのはナユタ。
魔術障壁で炎を防いだ。
「悪ぃ……ってか、ナユタってそんな魔術も使えたの?」
「魔導具ですけどね。祖母の形見で」
とナユタが見せたのは、いつもつけている宝石付きのペンダント。
あの炎を防ぐとは、相当貴重なものなんじゃ……。
――メキッ!
「え……?」
一安心したのも束の間、俺たちの足元の石床がひび割れる。
俺の脳裏で【粗探し】がざわついた。
だが、認識するより先に――
――床が抜けた。
「きゃあああッ!?」
悲鳴を上げる少女。
「危ないッ!」
とっさに腕を掴む。
だが俺自身も無事ではなく――
次の瞬間。
俺たちはまとめて闇へ呑まれていった。
「ナユタ様!」
リィゼルの声が上から響く。
崩れる床。
急な浮遊感。
叩きつけるかのごとき落下。
必死なリィゼルの叫びが遠ざかっていく――
俺とナユタは、深い暗闇の中へと落ちていくしかなかったのだった。




