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灰の巡礼者  作者: 雫石
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男と女

 男がまだ若い頃のお話です。

 『人喰い』も居なければ、銃も持っていない、男が孤狼と呼ばれる以前のお話です。

 男に両親は居ませんでした。産まれた時から一人きり。奴隷として生きることを強いられました。それが、当然だとばかりに男は働きました。男の中性的な相貌に目をつけた貴族の女達は、精通も経験していない純粋な少年に色欲と言う名の牙を向けました。

 男は、それも当然とばかりに受け入れました。淡白な少年の反応に、女達は直ぐに飽き、男の元から去っていきました。

 次に牙を向いたのは、境遇は違えど、共に働く身である奴隷達でした。男と同じ体躯をした少年少女達は、豪奢な宮殿へ連れて行かれる男に嫉妬していたのです。その時、男がどんな目にあっていたかも知らずに。

 男は彼等が向ける牙も、平然と受け入れました。日増しに傷付いていく体を見ても、男は感情は微動だにしません。

 先天性無痛無汗症。男は遺伝性の病気に罹患していたのです。名前の通り、痛覚が失われる病気です。神経の発育不全が原因と言われていますが、残念ながら、治療法は確立していません。

 その為、男は何をされても、何も感じないのです。色欲も痛覚も、男にとっては、蚊に刺されるのと同義でした。

 そうして、日々は過ぎ去ってゆきました。春が過ぎ、夏と秋も過ぎ去った頃、雪が舞う季節に男は、彼女に出会いました。後に、男の師匠となる女に。

 茶色のジャケットを羽織り、腰にはホルスターが巻かれ、一丁のリボルバーが収められていました。

 艶やかな黒髪を靡かせた彼女の、紅い双眸が男を見据えます。

「鷲の情報通りか。私と一緒に来い。お前に本当の痛みを教えてやる」

 男は首を傾げます。本当の痛みとはなんだろう? この時の男には、痛みという概念すら分かりませんでした。

 彼女は、瞬時に男との間合を詰め、掌底を顔面に叩きつけます。男の軽い体は宙を舞い、土壁に激突しました。奴隷達の同様を意に解することなく、彼女はつかつかと男に歩み寄り、男を睥睨します。

「痛いか」

 顔面から地面に流れ落ちる血を見ながら、男は初めて痛みを知りました。

「痛い」

「それはなにより。さぁ、早く立て。私もここには長居したくない」

 奴隷達の動揺が恐怖に変わり、悲鳴が上がります。

 彼女は男に手を差し出します。

 男はその手を取りました。

「お前は今日から私の弟子だ。殺す気で鍛えてやるから覚悟しろ」


 後に、奴隷制で栄華を極めた都市は一人の女と一人の男の手によって、蹂躙されたのでした。

今回もとても、エピソードになりました。

読んで頂き、ありがとうございます。

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