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灰の巡礼者  作者: 雫石
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男と鷲

◯とある研究者の観察報告

 仮称『人喰い』を捕らえてから一ヶ月が過ぎた。感染源はいまだに判然とせず、犠牲者は日を過ぎるほどに増え、感染者もまた増えていく。私を含めた研究者は、ワクチンの精製に日夜取り組んでいるが、成果は芳しくない。

 『人喰い』が私を見ている。どうやら、『人喰い』には、ある程度の理性が残っているらしい。あの男が、それを突き止めてくれた。彼には感謝を、してもし足りない。今、檻に入れられた『人喰い』も彼が生け取りにしてきた個体だ。胸には銃弾の跡が色濃く残り、巨大な穴が空いている。この『人喰い』には心臓が無いのだ。それでも、こいつは動き、私を見据え、汚らわしい涎をだらだらと垂らしている。

 彼曰く、『人喰い』は脳を破壊しない限り、血肉を求め動き続けると言う。

 私達は、感染の発生直後から、彼に依頼を出し、感染者を、この研究所に集めた。薬剤の投与、血液の採取、レントゲン、CT、解剖、様々な方法で『人喰い』を調べ上げた。だが、何が、彼等を『人喰い』たらしめているのか、その原因は今も突き止められてはいない。

 そんな時、彼が言った。奴等の目を見てみろと。私達も怪しいとは思っていたのだ。『人喰い』の眼球が異様な程、膨れ上がり、どす黒い紅に染まっていることを。私達は、眼球を摘出し、調べに調べ上げた。だが、何も分からなかった。彼は一体、『人喰い』の目から、何を感じ取ったのだろう。殺し屋の勘とでも言うのだろうか。勘で科学は語れない。私は眼前の『人喰い』を見やる。

「お前達は一体何者なんだ」私は誰にとも言うなく呟き、録音機の電源を切った。


◯とある男と、『人喰い』の会話。男の独断により、秘匿された話

 そこは、とある村に建てられた教会でした。16世紀を思わせるゴシック建築の教会でした。

 その地下深くに、茶色のジャケットと紺のジーンズ姿の男が立っていました。腰にはホルスターが巻かれており、一丁のリボルバーが挿してあります。それが、彼の相棒でした。大口径の銃弾を吐き出すリボルバーは、幾度も彼が敵と看做した者達の命を屠ってきました。この銃には、まだ名前がありません。銃は静かに思っていました。いつか名前をつけてほしいと。

 その地下深くの最奥に、逆十字に吊られた、一人の女が項垂れていました。逆十字は反キリストの象徴です。本来、教会にあってはならないものです。

 男はホルスターからリボルバーを抜き、慎重な足取りで、女に近付いて行きます。突然、女が顔を上げました。女の目は異様な程、肥大し、今にも飛び出さんばかりの様相です。

 男は表情を一才変えることなく、女に近付きます。リボルバーの引金に指は掛かっていません。どうやら、撃つつもりはないようです。

「ここに、来るまでに、人間を何人も殺した。お前を必死になって守ろうとしていたぞ」

 男には、確信めいたものがありました。この女が『人喰い』の始祖だと。

「あの人間達を殺したのか。お前達が呼んでいる『人喰い』の中でも、上質な個体だったと言うのに。全く役に立たない奴らだ」

 『人喰い』が言葉を発したのを聞いたのは、これが初めてのことでした。でも、男の表情に変化はありません。汗一つ流さず、脈も安定しています。

「やはり、話せたか。『鷲』の情報は正しかったようだな」

 彼の言う『鷲』とは、彼の情報提供者の中でも、随一の情報を取り扱う人物です。彼とは、若い頃からの付き合いで、お互いに殺し合った中でもあります。彼女の扱う情報は高額なので、そう簡単に手に入れることはできません。

彼と彼女の仲だからこそ、情報を仕入れられますが、彼が何を対価にしているのかは彼女しか知りません。

「それで、人間が私に何のようだ。殺しにでも来たか?」

 瞬間、撃鉄の落ちる音が地下に響き渡りました。ですが、銃口から弾が発射されることはありませんでした。

「そうしたいところだが、使い切ってしまってな。それにお前は殺すには惜しい」

「私の身体を辱めるつもりか!!」

 女は激昂し、血の混ざった唾が、男のジャケットを汚します。男はジャケットを一瞥し、女に目を向けます。その表情には、氷のような冷たさが宿っていました。

「まさか、お前のような存在を政府の連中に渡したりはしない。徹底的に解剖されるのが落ちだろう。私はお前を連れて行く。『奴等』が楽園と呼ぶ場所へ」

 そうして、男は女の鳩尾に強烈な膝蹴りを入れます。項垂れた女の首にすかさず、リボルバーのグリップを叩きつけます。女の意識は簡単に虚空に落ちました。

 男は手際良く、逆十字から女を解放し、背に担ぎます。片方の手でジーンズから携帯電話を取り出し、何処かへ電話をかけます。電話は直ぐに繋がりました。

「状況終了。『人喰い』化した村人は全滅。危惧していた教会には、何の異常もなし。『焼却隊』の出動を要請」

 そう言って、男は携帯電話を切り、あろうことか、その携帯電話からカードを抜き取り、投げ捨てました。

 女を背負ったまま、男は教会の隠し扉に辿り着きました。男はホルスターに提げていた手榴弾から口でピンを引き抜き、狭い通路に何個か放り投げました。扉を、閉めると、強烈な爆発音と共に、教会が揺れました。きっと、逆十字も、そこにあった無数の子供達の亡骸も全て灰燼と化したでしょう。男の使っている手榴弾は『アップル』と呼ばれる、米国製の手榴弾です。男は若い頃から、アップルを愛用しています。彼が言うところによると、一番手に馴染むから、だそうです。

 男は、ジーンズからもう一つ持っていた携帯電話を取り出し、とある人物に電話を、掛けます。

「あぁ、君かー。私の情報役にたった?」

 軽やかな女性の声が電話口から聞こえてきます。

「あぁ、上々だ」

『それで、その『始祖』をどうするつもり? 街は封鎖されたわ。国民も政府も大混乱。ゾンビ映画の世界みたい』

「ゾンビだったら、まだよかったのにな。こいつらには理性が残っているだけ、厄介だ」

『それは、普通の人間にとってでしょ? 君にとっては、ゾンビも『人喰い』も変わらないじゃない。それで、そいつをどうするの?』

 男は一呼吸置きました。そして「楽園に連れて行く。奴等には高く売れるだろうからな」

『そう言うと思ったわ。何せ原初の人間だものね。どうして、それが『人喰い』の『始祖』なんかになってるのか私には、てんで見当がつかないけれど、確かに、あいつらなら血眼なって大金を払いそうね』

「あぁ、それに、この感染を止められるとしたら奴等だけだろうしな」

『え、何あんた? 世界を救うヒーローにでもなるつもり!?』

 女が電話口の向こうで大笑いしています。

「まさか。俺もお前もヒーローとは縁遠い存在だろう。こいつを売った金で、新しく銃を買う。こいつと手榴弾だけじゃ心許ない」

 男はそう言って、リボルバーを一瞥しました。リボルバーは内心、怒りに満ちていました。グリップを叩きつけられたことを根に持っているようです。勿論、その声は男には届きません。

『それで、どうするの? 君がそいつを楽園に連れて行っている間に、『人喰い』は世界中に蔓延するわよ。ほら、もう米国で一人目の感染者発見ですって』

 女の声はなんだが、楽しそうです。

「いいことじゃないか。仕事が増える」

『相変わらずねー君は。人殺しに酔いしれた男。そして今は『人喰い』を狩る狩人。私も君も行き着く先は地獄でしょうね』

「仮に地獄があるとしたら、今度は悪魔祓いに転職するさ。そういうお前も、ずっと俺を監視しているだろう。衛星までハッキングして。お前こそ、情報に酔いしれた女じゃないか」

『衛星くらいハッキングできなきゃ『鷲』は名乗れないでしょう?』

 男も女も楽しそうです。きっと、世界が黄昏に包まれても、男と女は笑っているのでしょう。滅びゆく人類を尻目にして。

                   おしまい。

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