表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/11

第9話 「王国会談と、毒舌令嬢の微笑」

 セレスティアが“禁呪局”を打倒してから数週間。

 辺境の地——かつて「呪われた荒野」と呼ばれた場所は、今や緑豊かな薬草園の都として生まれ変わっていた。

 柔らかな風が薬草の香りを運び、人々の笑い声がそこかしこから聞こえてくる。


 だが、そんな穏やかな日々の中でも、セレスティアの頭上にはひとつの影があった。

 王都からの“召喚命令”。

 かつて彼女を追放した第一王子——レオニードが、王国の再建を名目に「公爵令嬢セレスティア・ルミナリアに協力を要請する」と使者を送ってきたのだ。


 アルフレッドは眉をひそめた。

「……まさかとは思うが、行くつもりなのか?」

「ええ。逃げ続けても仕方がありませんもの。……私は薬師です。人が苦しんでいるなら、放ってはおけませんわ」


 セレスティアの声は静かだった。

 怒りでも復讐でもない。ただ、すべてを終わらせるための決意がそこにあった。


 王都・第一会議室。

 荘厳な円卓の中央に、セレスティアとアルフレッドの姿があった。

 周囲を囲むのは王家の重鎮たち、そして——蒼白な顔で座る第一王子レオニードと、失意に沈む元聖女リリィ。


「セレスティア……久しぶりだな」

「ええ。ずいぶんとお痩せになられましたこと。毒でも召し上がりましたの?」

 淡々とした皮肉に、会議室の空気がぴしりと張りつめる。


 レオニードは唇を噛んだ。

「……お前の作った薬がなければ、王都の疫病は収まらぬ。民が……民が苦しんでいるんだ。どうか、力を貸してくれ」

 その声は、かつての傲慢な王子のものではなかった。

 膝をつくその姿に、セレスティアはほんの少しだけ、かつての婚約者の面影を見た。


 だが、それでも——許すことはできない。


「私を追放したのは、あなた方の選択です。私を疑い、侮り、罪人にした。その結果、国が病んだのですわ」

 セレスティアの金の瞳が、鋭く光る。

「……でも、私は薬師。罪人でも、追放者でもない。救える命があるのなら、それが私のすべきことです」


 レオニードが顔を上げる。だがその希望の光は、次の言葉で粉々に砕かれた。


「——ただし、私が薬を渡すのは、アルフレッド王子の治める“新王国”に限ります。

 あなた方が見捨てた辺境こそ、これからの希望なのですから」


 ざわめきが広がる。重臣たちは一斉に顔を見合わせ、王は沈黙した。

 誰もが悟った——この日、王国の主導権は完全に移ったのだと。


 会議が終わり、王都のバルコニーで風を受けながら、セレスティアは空を見上げた。

 夕陽が赤く世界を染めている。

「……やっと、終わったのですね」

「いや、始まったんだよ」アルフレッドが穏やかに微笑む。「君が救ったこの国の、新しい時代が」


 その隣で、セレスティアも微笑んだ。

「ふふ……まったく、あなたって本当に優しすぎますわ。そんなだから、私が惚れたままなのですよ」

「それは……とても光栄だ」


 二人の視線が重なり、風が薬草の香りを運ぶ。

 その香りは、かつて“毒”と呼ばれた令嬢が紡いだ“癒し”の象徴だった。


 そして——夜。

 静かな星明かりの下、セレスティアは薬草園の手紙机に向かっていた。

 白紙のノートに、彼女は一行目を記す。


 ――『薬師の誓い』。


 「どんな毒にも、必ず解毒はある。

 人の心もまた、癒せると信じて」


 彼女の手が止まる。ふと窓の外を見ると、アルフレッドが庭で彼女を見上げていた。

 その姿に微笑みを返しながら、セレスティアはそっとペンを置く。


 もう、過去には戻らない。

 この手で未来を癒すために。


 ——毒舌薬師令嬢セレスティアの、新たな日々が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ