第9話 「王国会談と、毒舌令嬢の微笑」
セレスティアが“禁呪局”を打倒してから数週間。
辺境の地——かつて「呪われた荒野」と呼ばれた場所は、今や緑豊かな薬草園の都として生まれ変わっていた。
柔らかな風が薬草の香りを運び、人々の笑い声がそこかしこから聞こえてくる。
だが、そんな穏やかな日々の中でも、セレスティアの頭上にはひとつの影があった。
王都からの“召喚命令”。
かつて彼女を追放した第一王子——レオニードが、王国の再建を名目に「公爵令嬢セレスティア・ルミナリアに協力を要請する」と使者を送ってきたのだ。
アルフレッドは眉をひそめた。
「……まさかとは思うが、行くつもりなのか?」
「ええ。逃げ続けても仕方がありませんもの。……私は薬師です。人が苦しんでいるなら、放ってはおけませんわ」
セレスティアの声は静かだった。
怒りでも復讐でもない。ただ、すべてを終わらせるための決意がそこにあった。
王都・第一会議室。
荘厳な円卓の中央に、セレスティアとアルフレッドの姿があった。
周囲を囲むのは王家の重鎮たち、そして——蒼白な顔で座る第一王子レオニードと、失意に沈む元聖女リリィ。
「セレスティア……久しぶりだな」
「ええ。ずいぶんとお痩せになられましたこと。毒でも召し上がりましたの?」
淡々とした皮肉に、会議室の空気がぴしりと張りつめる。
レオニードは唇を噛んだ。
「……お前の作った薬がなければ、王都の疫病は収まらぬ。民が……民が苦しんでいるんだ。どうか、力を貸してくれ」
その声は、かつての傲慢な王子のものではなかった。
膝をつくその姿に、セレスティアはほんの少しだけ、かつての婚約者の面影を見た。
だが、それでも——許すことはできない。
「私を追放したのは、あなた方の選択です。私を疑い、侮り、罪人にした。その結果、国が病んだのですわ」
セレスティアの金の瞳が、鋭く光る。
「……でも、私は薬師。罪人でも、追放者でもない。救える命があるのなら、それが私のすべきことです」
レオニードが顔を上げる。だがその希望の光は、次の言葉で粉々に砕かれた。
「——ただし、私が薬を渡すのは、アルフレッド王子の治める“新王国”に限ります。
あなた方が見捨てた辺境こそ、これからの希望なのですから」
ざわめきが広がる。重臣たちは一斉に顔を見合わせ、王は沈黙した。
誰もが悟った——この日、王国の主導権は完全に移ったのだと。
会議が終わり、王都のバルコニーで風を受けながら、セレスティアは空を見上げた。
夕陽が赤く世界を染めている。
「……やっと、終わったのですね」
「いや、始まったんだよ」アルフレッドが穏やかに微笑む。「君が救ったこの国の、新しい時代が」
その隣で、セレスティアも微笑んだ。
「ふふ……まったく、あなたって本当に優しすぎますわ。そんなだから、私が惚れたままなのですよ」
「それは……とても光栄だ」
二人の視線が重なり、風が薬草の香りを運ぶ。
その香りは、かつて“毒”と呼ばれた令嬢が紡いだ“癒し”の象徴だった。
そして——夜。
静かな星明かりの下、セレスティアは薬草園の手紙机に向かっていた。
白紙のノートに、彼女は一行目を記す。
――『薬師の誓い』。
「どんな毒にも、必ず解毒はある。
人の心もまた、癒せると信じて」
彼女の手が止まる。ふと窓の外を見ると、アルフレッドが庭で彼女を見上げていた。
その姿に微笑みを返しながら、セレスティアはそっとペンを置く。
もう、過去には戻らない。
この手で未来を癒すために。
——毒舌薬師令嬢セレスティアの、新たな日々が始まろうとしていた。