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第7話 封印の薬壺と、少女の祈り

 石造りの地下に、しとどに湿った冷気が満ちていた。

 燭台の火が小刻みに揺れ、長い影を壁に映す。


 その中央――円陣の中心で、ひとりの少女が鎖に繋がれていた。

 金色の髪を乱し、蒼い瞳を伏せる。

 ミリアは唇を噛みしめながら、震える指で祈りの仕草を作った。


「……お師匠様……どうか、無事でいてください……」


 声にならない願いが、冷たい空気に吸い込まれていく。


 鉄格子の外から、低い男の声が響いた。


「祈る相手を間違えているな、ミリア。

 お前の師は、かつて禁呪を創り、王を裏切った“災厄の薬師”だぞ」


 禁呪局の局長――仮面の奥から見下ろす瞳は、氷のように冷たい。

 ミリアは怯えながらも、静かに首を振った。


「セレスティア様は……そんな方じゃありません。

 あの人は、人を救うために薬を作っているんです!」


「救い、か。人を癒すことも殺すことも、薬師次第だ。

 彼女の前世アムネリアがそれを証明している」


 局長の手が、机の上の《封印の薬壺》に触れる。

 その中には、暗い赤の液体――呪毒花の精液が封じられていた。


「これこそが、君の“お師匠様”の遺産だ。

 解毒の名を騙った呪いの源泉だよ」


 ミリアは必死に首を振る。


「違います! お師匠様はそんなものを作るはずが――」


 言葉の途中で、魔法陣が赤く光った。

 鎖が焼け、肌に触れた部分から痛みが走る。


 それでも、少女は叫んだ。


「セレスティア様は、呪いなんて信じない!

 薬で人を殺すなんて、絶対に――!」


 その声は、地下の空気を震わせた。



 一方その頃、辺境の薬草園では――

 セレスティアが、夜明けの光の中で立ち上がっていた。


 手には古びた小瓶。

 中に封じられた小さな“呪印”が、淡く光を放っている。


「……やはり。これは、私が作った“封印の壺”と対になる印……」


 彼女の記憶が、波のように押し寄せる。

 戦場の匂い、血の音、人々の絶望。

 そして――


 “王命により、呪毒花を使え”

 “戦を終わらせるためには犠牲が必要だ”


 アムネリアだった“前世の自分”が、どんな思いでそれを拒んだか。

 どんな代償を払って封印を施したのか。


「……そう、あの時私は……王の命に背き、“呪毒”を封じた。

 あれは、人の手で扱ってはいけないものだった」


 ノエルが、傍らで沈痛な表情を浮かべていた。

「お嬢様……それを思い出すということは、すべてを取り戻されたのですね」


「ええ。けれど同時に――私の罪も、全部ね」


 セレスティアはゆっくりと瞳を開けた。

 かつてのアムネリアの冷静な光が、再びその瞳に宿っていた。


「ミリアが囚われた理由も分かった。

 彼女の中には、“私の調合式”が刻まれているのよ。

 彼女は、私の代わりに封印を解かされるつもり……!」


 風が吹き抜けた。

 薬草園の香りとともに、遠くの空から雷鳴が響く。

 まるで“時が動き出した”かのように。


 セレスティアは、薬瓶を懐にしまい、外套を羽織る。

 ノエルが慌てて後を追う。


「お嬢様、まさか一人で行くおつもりですか!?」

「ええ。これは、私の責任。……でも安心して。

 私は“薬師”として行くわ。復讐じゃない。癒すために」


 ノエルは拳を握りしめ、深く頭を下げた。

「では、せめて私も同行させてください。……貴女の補助薬師として!」


 セレスティアは一瞬だけ驚き、そして微笑んだ。

「ふふ。あなたの作る鎮静薬、前より上手くなったものね。頼りにしてるわ」


 二人は、朝日に背を向けて歩き出す。

 行き先は、王都の地下――禁呪局。



 その頃、地下の儀式場では――

 ミリアの祈りが、静かに光を生み始めていた。


 封印の薬壺がかすかに震え、ひびが入る。

 そして、そこから淡い青の光が漏れた。


 局長が驚愕の声を上げる。


「なに……? これは……!」


 ミリアの瞳が、涙で濡れながらも確かな強さを宿す。


「お師匠様の薬は、呪いを癒す薬です……!

 私の中に残ってるその力で、壺を“封じ直す”!」


 その瞬間、彼女の胸の奥が熱を帯びた。

 脈打つように光が広がり、鎖が解けていく。


 青い光が地下を包み込み、呪毒花の精液が消滅していく。

 だがその代償に、ミリアの意識は遠のいていった。


「お師匠様……ごめんなさい……。

 少し、だけ……眠っても、いいですか……?」


 彼女の小さな身体が倒れる。

 その手には、セレスティアが昔くれた“薬草のペンダント”が握られていた。


 その夜。

 セレスティアは、禁呪局の門前に立っていた。

 夜空に光る雷が、彼女の姿を白く照らす。


 風が、彼女の外套を翻す。

 金の瞳が、闇を見据えていた。


「ミリア……待っていて。

 今度こそ、私が“あなたを救う番”よ」


 そう呟いた声は、雨と雷に紛れながらも、確かに響いた。

 そして――封印の物語が、再び動き出す。

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