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第5話 王国を蝕む黒き薬煙 ― 真実の呪いが目を覚ます

 夜の帳が降りた。

 薬草園を包む月光は穏やかで、セレスティアの金の髪を銀に染めていた。

 庭の隅では、干した薬草が風に揺れている。


 ――けれど、その静けさの中に、妙な“ざわめき”が混じっていた。


 虫の声でも、獣の鳴き声でもない。

 それは、空気そのものが震えるような、低い唸り。


「……また、なのね」


 セレスティアは立ち上がり、夜風を切って外へ出た。

 空を見上げると、遠い東の空に黒い煙が昇っている。


 ――王都の方角だ。


 その煙には、ただの炎ではない、不穏な気配が宿っていた。

 薬師としての直感が、彼女の背筋を冷たくなぞる。


「嫌な予感がするわ……」


「セレスティア!」


 背後から声がして振り返ると、アルフレッドが駆け寄ってきた。

 寝巻のままの彼の額には、薄い汗が滲んでいる。


「君も感じたのか? あの煙……ただの火災じゃない。

 呪気が混じってる。俺の体が反応してるんだ」


 アルフレッドは胸を押さえ、苦しげに息を吐く。

 その瞳の奥に、かすかな紫の光が瞬いた。


「王都で、何かが起きてる……“あれ”が、動き出したのかもしれない」


「“あれ”……?」


「――禁呪局アトラ・コーデックス

 かつて俺が呪いを受けたとき、裏で動いていた秘密組織だ。

 王家の命令で禁断の薬を作り出していた……。

 だが、彼らが扱っていたのは“薬”じゃない、“呪毒”だったんだ」


 セレスティアは息を呑む。

 脳裏に浮かんだのは、かつて彼女が王都で見た“奇妙な薬瓶”。

 聖女が祈りながら配っていた、あの薬だ。


「まさか……あれも、禁呪局が?」


「ああ。王家の庇護を受けていた。

 だが、彼らは“人間の心”そのものに作用する薬を研究していたんだ。

 その結果、王国中に蔓延した“奇病”は、もはや自然の病じゃない。

 人が人を、呪いで壊している」


 冷たい夜風が吹き抜ける。

 月の光の下で、セレスティアの拳が震えた。


「……愚かね。本当に、どうしようもないほどに。

 私を追放しておいて、今度は“呪い”を作り出したっていうの?」


「皮肉だよな。でも、君しか止められない。

 君の薬は、あの呪毒を打ち消せる。……お願いだ、セレスティア。王都を救ってくれ」


 その言葉に、彼女はしばらく沈黙した。

 そして静かに――けれど、決然と頷いた。


「……いいわ。ただし、条件があるの」


「条件?」


「二度と“私を利用しよう”なんて思わないこと。

 私は“王家の薬師”でも“聖女の影”でもない。

 ただの、薬草園の女主人よ」


 アルフレッドは少しの間黙り、それから苦笑した。


「もちろん。俺はもう君を縛らない。

 ……ただ、隣で共に戦わせてくれ」


「ええ。それなら、歓迎するわ」


 二人は視線を交わす。

 風に揺れるハーブの香りの中で、互いの決意が静かに交わされた。


 そのときだった。


 ――ズズンッ。


 地鳴りのような音が、遠くの森を震わせた。

 空を裂くような光が走り、夜が一瞬だけ昼に変わる。


 そして――空の向こうに、黒い鳥の群れが現れた。

 数百、数千の黒羽が渦を巻き、王都の方角から飛来してくる。


「まさか……“呪毒伝令”!? 死者の魂を運ぶ使い魔よ!」


 セレスティアが叫ぶ。

 鳥たちは不気味な鳴き声を上げながら、辺境の村へと向かってくる。


「アルフレッド、薬庫へ! 《浄化煙草》を全部燃やして!」


「了解!」


 二人は駆け出す。

 薬草庫の扉を開け、乾燥させていた草を一気に火にくべた。

 白い煙が立ち上り、空に広がっていく。


 黒い鳥たちがその煙に触れた瞬間、苦しげに鳴き、次々と灰に変わって消えていく。


 だが、その群れの中――ひときわ大きな“影”があった。


 人の形をしている。

 しかし、その肌は黒い霧に覆われ、目の奥で赤い光が揺らめいていた。


「……久しいな、セレスティア・アルトリウス」


 その声に、彼女は息を止めた。


「あなたは……!」


「禁呪局局長――ヴェル・クロード。

 我らの“被験体”が、よもやこの地で王子と薬草遊びとはな」


 男の声は、滑らかでありながら氷のように冷たかった。


「貴様らのせいで王都は滅びかけている。

 呪毒を止めることができるのは、俺たちだけだ。……帰ってこい、セレスティア」


「お断りよ」


 セレスティアは一歩、前に出た。

 その目には、恐怖よりも――強い光が宿っていた。


「あなたたちが“薬”を穢した。

 私が取り戻すのは、命を救う薬の本質だけ。

 あなたの“呪毒”を、この手で断ち切ってあげる」


 風が吹く。

 燃え上がる薬草の香りが、黒い夜を裂いた。


 ヴェルは薄く笑い、指を鳴らす。

 その背後に、闇の獣たちが次々と形を取る。


「ならば見せてみろ――“真の薬師”の力とやらを」


 黒煙が月を覆い隠し、空が真紅に染まる。

 セレスティアは腰の薬瓶を構え、アルフレッドと背中合わせに立った。


「行くわよ、アルフレッド」


「――ああ。君の作る薬は、俺の剣になる」


 彼女の手の中で、薬液が青白く輝く。

 “薬師令嬢”と“病弱王子”――二人の戦いが、いま始まるのだった。

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