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第11話 「薬師の戴冠――癒しの王国と、誓いのキス」

 初夏の風が、薬草園を優しく撫でていた。

 かつて「辺境の地」と呼ばれたこの地は、今や各国の商人や医師たちが集う“薬の都”。

 ルミナリア領は、もはや王国に匹敵する繁栄を見せていた。


 その中心に立つのは、一人の女性——セレスティア・ルミナリア。

 かつて追放された令嬢にして、今や新国家《アルセリア王国》の象徴と呼ばれる薬師だった。



「女王の戴冠式なんて、大げさだと思いません? 私はただの薬師ですのに」

 鏡の前で白いドレスの裾を整えながら、セレスティアは苦笑した。


 後ろで見守るアルフレッドが穏やかに笑う。

「“薬師の女王”——それが君にふさわしい称号だ。

 この国は、君の癒しの力で生まれた。剣でも権力でもなく、薬草と優しさでな」


「……まったく。お世辞が上手になりましたわね、殿下」

「君が師だからさ。毒舌の使い方を教わった」


 二人は目を合わせ、ふっと笑った。

 外では鐘の音が鳴り、民の歓声が風に乗って届く。

 薬草園から咲き立つ香りが、まるで祝福の花道のように王城へと広がっていた。



 戴冠の儀式。

 玉座の前に立ったセレスティアの姿は、白と金に輝いていた。

 彼女の肩に、アルフレッドが自ら王冠を載せる。


「——ここに宣言する。

 我らは、癒しをもってこの世界を導く。

 薬師の誓いを掲げ、人々に希望を与えん」


 その言葉に、会場全体が静まり返る。

 次の瞬間、万雷の拍手が響き渡った。


 彼女をかつて追放した貴族たちも、王都から訪れた使節たちも、誰もがその威厳に息を呑む。

 そして壇上に立ったセレスティアは、ゆっくりと口を開いた。


「——薬は、毒から生まれます。

 けれど、毒もまた、使い方次第で薬になるのですわ。

 この国も、私自身も同じ。

 痛みや裏切りがあったからこそ、癒しを知りました」


 柔らかい微笑みが広がる。

「ゆえに、私はこの国を“癒しの王国”と呼びます。

 誰もが傷を隠さずに生きられる場所。

 泣くことも、弱さも、薬になる国を——私たちで築いていきましょう」


 拍手が再び響く。

 それは歓声ではなく、涙に濡れた感謝の音だった。



 儀式が終わり、夜。

 満天の星の下、薬草園の丘で、セレスティアとアルフレッドは並んで立っていた。


「……ここまで来られたのは、あなたがいたからですわ」

「いや、僕はただ支えられた側だよ。君が前を向き続けてくれた」


 アルフレッドがそっと手を差し出す。

 その掌には、ひとつの小さな花冠。

 薬草園で咲いた《星露草》を編んだ、手作りの冠だった。


「冠はもうひとつ必要だろう? “王”としてではなく、“恋人”としての」

「……まぁ、あなたったら……」


 セレスティアの頬に、かすかな紅が差す。

 アルフレッドがそっと彼女の髪に花冠を載せた。

 風が吹き、二人を包み込むように薬草の香りが広がる。


 そして——。

 星空の下で、二人の唇が触れた。


 それは、誓いのキス。

 毒と薬の狭間を歩いてきた彼女が、ようやく辿り着いた“癒しの愛”の証だった。


 翌朝、セレスティアは王城のバルコニーから人々を見下ろしていた。

 子どもたちが薬草を植え、旅の商人が薬を分け合い、笑顔が溢れている。


 彼女はそっとつぶやく。

「……毒舌令嬢なんて呼ばれていた頃が懐かしいですわね」

「でも、その毒舌があったから、みんな癒されたんだ」

 アルフレッドの声に、セレスティアは小さく笑った。


「ええ。なら、これからも毒を少々——愛情のスパイスとして使わせていただきますわ」

「その毒なら、むしろ歓迎だ」


 二人の笑い声が、青空に溶けていった。


 薬草園の風が吹く。

 癒しの国に、新たな季節が訪れる。


 ——毒舌薬師令嬢セレスティアの物語、ここにひとつの結末を迎える。

 けれどその瞳は、まだ次の未来を見ていた。

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