第75話 黒姫
華やかな祝宴のさなか、レナは再び会場の片隅に視線を向けた。
漆黒のドレスを纏い、長い黒髪を揺らす女性――咲。
彼女が纏う空気は、祝賀会の明るさとは相容れない冷ややかなものだった。
「……見つけた」
レナは思わず呟く。
その気配に気づいたのか、咲がゆっくりとこちらを振り返った。
赤くも冷たい光を宿した瞳が、真っ直ぐにレナを射抜く。
「おや……ランドの勇者たちか」
彼女の声は静かで、しかし会場のざわめきを切り裂くほどに鋭かった。
レナが思わず一歩前に出たとき、ヒカルが彼女の肩に手を置く。
「落ち着け。まずは話を聞こう」
咲は小さく微笑んだ。その笑みには優雅さと、底知れぬ威圧感が同居している。
「私の名は咲。ブルーシー王国代表ギルド『黒姫』のギルドマスターだ。……舞には、もう会ったのかしら?」
その名を聞いた瞬間、レナの心臓が強く跳ねる。
白姫の舞――かつて出会った、優しくも凛とした女性。
彼女と対を成す存在が、目の前にいるのだ。
「舞さんのことを知っているんですね」レナが問いかける。
咲はグラスを傾け、深紅の液体を喉へと流し込んだ。
「ええ。……妹だから」
――会場の空気が一瞬凍りついた。
ヒカルは咄嗟に反応を抑えたが、心の中では驚きを隠せなかった。
舞と咲が姉妹? 白姫と黒姫――二人の存在は、ただのライバル関係ではない。血縁による、宿命的な繋がり。
「次のオーダーで、私たちは敵同士になる。……そのとき、手加減はしない」
咲の低い声が、まるで宣告のように響く。
レナは握りしめた手を震わせながらも、負けじと視線を返した。
「……望むところです」
ヒカルは咲の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳の奥には、冷徹さだけでなく、なにか強い執念のようなものが宿っていた。
それはルシフェルの“執着”にも似た、危うい光。
「……面白い」
咲はそう呟き、背を向けて会場の奥へと歩み去っていった。
残されたレナは小さく息を吐き、ヒカルの袖をそっと掴んだ。
「ヒカル……私は、絶対に負けない。あなたの隣で、胸を張っていたいから」
ヒカルはその手を見下ろし、そして静かに頷いた。
「大丈夫だ。俺たちは必ず勝つ」
――黒姫との出会いは、ルミナスブレイブに新たな宿命を告げる鐘の音となった。
祝賀会が終わり、夜の王都はまだ祭りの余韻に包まれていた。
灯籠の明かりが石畳を照らし、屋台の片付けをする人々の笑い声が遠くから聞こえてくる。
ルミナスブレイブの面々は、王城の一角にある控室で一息ついていた。
そこへ舞が姿を現した。白い装束に身を包み、穏やかながらも少し翳りを帯びた表情を浮かべている。
「皆さん……お疲れさまでした。ルシフェルを討った功績、心から敬意を表します」
舞の丁寧な礼に、一同は立ち上がった。
ソウタが軽く頭を下げ、「こちらこそ」と返す。
しかし、レナは舞に一歩近づき、真剣な瞳で切り出した。
「舞さん……今日、咲さんと会いました」
その名を口にした瞬間、舞の瞳がかすかに揺れた。
だが彼女は静かに微笑み、ゆっくりと頷いた。
「……そうですか。やはり、避けては通れませんね」
控室に沈黙が落ちた。皆が舞の次の言葉を待っている。
「咲は……私の姉です」
舞はまっすぐにそう告げた。
「幼いころは、とても仲の良い姉妹でした。けれど……同じ才能を持って生まれたがゆえに、比べられ続けたのです。白か、黒か。正か、邪か。いつしか咲は、自分の在り方を“黒”に見いだしました」
舞の声は淡々としていたが、その奥には深い痛みがにじんでいた。
「私は白姫として、正道を歩むことを選んだ。咲は黒姫として、力を極める道を選んだ。互いに背を向けるしかなかったのです……」
ユウキが口を開く。
「でも……姉妹なんですよね? 本当は、仲直りしたいんじゃ……」
舞は小さく笑い、そして首を振った。
「仲直り……。ええ、できるならそうしたい。ですが、彼女は今やブルーシー王国を背負うギルドの長。私情で動ける立場ではありません。彼女にとって私たちは、敵であり、乗り越えるべき存在なのです」
ミナが不安げに呟く。
「じゃあ……次のオーダーでは、ほんとに戦わなきゃならないんだね」
舞は一同を見渡し、そして真剣な声で告げた。
「ええ。咲は強い。私よりも……もしかすると、さらに」
その言葉に、仲間たちの表情が一斉に引き締まる。
しかし、舞は続けた。
「けれど、あなたたちなら……ルミナスブレイブなら、きっと立ち向かえるはずです。どうか、咲を……私の姉を、止めてください」
舞の声には、願いと祈りが混じっていた。
レナは強く頷き、胸の奥に決意を宿した。
――次の戦いは、黒姫との戦いになる。




