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第7話 ワールドの門を越えて

白亜の門を抜けた瞬間、四人は思わず足を止めた。


 眩しい光に包まれた視界がゆっくりと開けていく。

 そこに広がっていたのは、ピースでは決して見たことのない広大な大地だった。


 頭上には雲ひとつない青空が広がり、遠くの地平線まで草原がどこまでも続く。風に揺れる草はきらめき、香り立つように瑞々しい。さらに遥か彼方には雪を抱いた連峰が聳え、白銀の稜線はどこまでも清らかに連なっていた。


 空気は驚くほど澄んでおり、一息吸うだけで胸の奥が洗われるようだ。吐き出す息さえ、ほんのり甘く感じられる。ヒカルは胸いっぱいに空気を吸い込み、思わず言葉を失っていた。


「これが……ワールド……」


 ナオが小さく感嘆の声を漏らす。目を輝かせて辺りを見回すその姿は、子供のように純粋だ。だが次の瞬間には、彼女の口からいつもの調子の言葉が飛び出した。


「ねえ、このあたりに美味しい屋台とかあるかな?」


「おいおい……」とユウキが即座に呆れ声を上げる。


「初手からそれかよ。もっと景色に感動するとか、あるだろ」


「だって、お腹すいたんだもん! 戦いが終わってからずっと何も食べてないし……」


 頬をふくらませるナオに、ヒカルは苦笑を浮かべる。


「まあ、それがナオらしいけどな」


 そんなやり取りの横で、ミナはただじっと前方を見つめていた。

 門の向こうに広がるのは、巨大な石造りの都市だった。街を囲む城壁の上には色鮮やかな旗がはためき、その中心には高く鋭く伸びる魔導塔がそびえている。ピースの王都と比べても規模が桁違いだ。


「ねえ、ヒカル……」

 ミナが小さな声で問いかける。

「この世界なら……もっと、拘束士として強くなれるかな?」


 その瞳には、淡い不安と、かすかな希望が混じっていた。


「もちろんだ」ヒカルは即答した。

「ここが本当の冒険の舞台だ。きっと答えも見つかるさ」


 その言葉に、ミナの肩がほんの少し緩む。


 彼らが最初にたどり着いた街の名は「グランリオ」。

 ワールドに入った冒険者たちの多くが拠点とする大都市であり、まさに新参冒険者たちの玄関口と呼ぶべき場所だった。


 石畳の大通りは人々で賑わい、荷馬車や異国の商人、鎧を纏った冒険者たちが行き交っている。通りの両脇に並ぶ露店からは、香ばしい串焼きや揚げパンの匂いが漂い、食欲を刺激してくる。


「わぁぁ……! 美味しそう!」


 ナオの目が輝き、財布を取り出した瞬間――。


「ストップ! まだ宿も取ってないだろ!」


 ヒカルが素早く彼女の首根っこをつかむ。


「うぇぇ……」と情けない声をあげるナオ。


「お前なあ……レジェンド冒険者の娘なんだろ? もうちょい落ち着けよ」


「うぐっ……そ、それは言わないでよ」


 ナオの両親は「双剣のリュウ」と「白銀のリリカ」と呼ばれる伝説的冒険者だ。その名を知らぬ者はいないほどの存在であり、彼女はその娘。

 だがその名声ゆえに「七光り」と揶揄されることも少なくなかった。天然でドジ――だが、剣の腕は確か。惜しむらくは一歩足りない。


 そんな彼女をヒカルは仲間として認め、戦術を教え、共に歩んできたのだ。


「私は……両親に負けない冒険者になりたい。だから、ちゃんと強くなるんだ」


 珍しく真剣な表情で告げるナオに、ヒカルは静かにうなずいた。


 一方のユウキは、街に足を踏み入れた途端、中央にそびえる魔導塔に釘付けになっていた。


「すごい……! あの紋章、ピースじゃ見たことない体系だ! ねえ、行っていい? 行っていい!?」


「まだだ。まず宿と登録だって」


「ちぇー。研究したいのに……」


 ユウキは頬を膨らませながらも、目はきらきらと輝いている。十二歳の彼は魔導に取り憑かれたようなオタク気質で、子供っぽい外見ゆえに他のパーティから相手にされなかった。

 だがヒカルは、彼の知識と器用さこそが戦力になると確信している。


「ユウキ、お前の知識は絶対に役立つ。だから焦らず、一歩ずつだ」


 その言葉に、ユウキは少し照れくさそうに笑った。


「……ヒカルに拾ってもらえなかったら、俺、まだ一人だったかも」


 ミナはギルドの建物を見上げていた。

 十五歳の少女。その目は若さに似つかわしくない達観を帯びている。


「私、ずっと待ってたんだと思う。拘束士って、みんなに軽く見られて……でも、ヒカルが『必要だ』って言ってくれた。それが嬉しかった」


知る人ぞ知る、拘束の強さ。大半の冒険者が拘束士を知らないため、まゆつばだと思われることも多かったのだ。


「ミナの拘束がなけりゃ、俺たちはドラゴンに勝てなかった。胸張っていい」


 ヒカルの言葉に、ミナはようやく小さな笑みを浮かべた。


 冒険者ギルド「グランリオ本部」は荘厳な建物で、登録窓口には長蛇の列ができていた。

 順番を待つ間も、ナオはお腹を鳴らし、ユウキは魔導塔のパンフレットを読みふけり、ミナは人混みの中から怪しい人物を鋭い目で探している。


 やがて――「次の方!」と呼ばれ、四人は正式に冒険者として登録を果たす。


***


 初めての依頼は「街道沿いの盗賊退治」だった。

 ピース時代は魔物退治が多かったが、この世界では人間同士の争いも珍しくないという。


「お、お、人間相手!? ちょっと待って、心の準備が……」


 ナオが剣を抱え後ずさる。


「大丈夫だ。命までは取らない。ただ脅してくるだけだ」


 ヒカルの言葉で、ナオはようやく深呼吸した。


 茂みから現れた盗賊三人組は、粗末な鎧を纏い、典型的な口上を叫んだ。


「へっへっへ、旅人か? 荷物置いてけ!」


「出たなテンプレ台詞!」


 ヒカルの突っ込みに、ナオが思わず吹き出す。盗賊たちの方が逆に戸惑うほどだった。


「ふざけんな!」と剣を振るう盗賊。


「ミナ!」

「うん!」


 瞬間、ミナの拘束魔法が発動し、二人の体が石のように固まる。


「な、なんだこれ!? 体が……!」


 その隙を突いてユウキの火球が炸裂し、残りの一人をナオが渾身の力で剣ごと弾き飛ばす。

 あっという間に盗賊たちは地に伏し、降参した。


「ふぅ……! やったね!」


 ナオは頬を赤らめて照れ笑いした。だが心の奥では、小さな自信が芽生えつつあった。


 依頼を果たし街へ戻る途中、ヒカルは仲間たちに問いかけた。


「それぞれ、何を目指したい?」


 ナオは拳を握りしめる。

「私は両親に負けない冒険者になる! 天然とか七光りとか言われても、絶対強くなる!」


 ユウキは目を輝かせた。

「俺は魔導の秘密を全部解き明かしたい! 未知の体系を学んで、最強の魔導士になる!」


 ミナは静かに前を向いた。

「私は拘束士の可能性を証明する。どんな強敵でも必ず隙を見抜き、封じる。それが私の役目」


 ヒカルは三人の言葉を聞き、胸の奥が熱くなるのを感じた。


「よし。なら俺は――みんなと一緒に、このワールドを制覇する。もう一人じゃない。俺たちの冒険は、ここから始まるんだ!」


 夕陽に照らされる街道を、四人の影が並んで伸びていく。

 それは確かに、彼らの新しい物語の第一歩だった。

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