第198話 闇に溶ける影
深夜零時。
山の裾野に開かれた古い供水路の前に、三つの影が集っていた。
月の光は雲に隠れ、空には星ひとつない。
ただ、遠くで吹き抜ける風が、乾いた草を揺らす音だけを残している。
ヒカルは手元の小さなランタンを閉じ、皆を見渡した。
「ここから先は、それぞれの任務だ。……気を引き締めろ。」
シドが軽く肩を回し、笑みを見せる。
「言われなくても分かってるさ。暴れる準備はできてる。」
ヴァネッサは静かに祈るように胸に手を当てた。
「王国の加護が、皆にありますように。」
クロエは拳を握り、仲間たちを見上げる。
「絶対に負けない。……絶対に。」
その言葉に、ヒカルは小さく頷いた。
「出発だ。――闇に、溶けろ。」
号令と共に、三つのチームはそれぞれの方向へと消えていった。
悪魔討伐チームは供水路の奥へ。
民の救出チームは別の側道を進み、
そして黒翼の軍団制圧チームは、王都の外壁へと走る。
地下へ続く階段は、冷たい水音と腐食した鉄の匂いに満ちていた。
長い年月を経た石壁が、無言で侵入者を拒むようにそびえ立っている。
ヒカル、ナオ、バレンの三人は、ランタンの灯を最小限に絞りながら進んだ。
沈黙の中、ただヒカルの剣の柄に触れる音と、靴底が石を打つ音が響く。
「……空気が、重いな。」
バレンがつぶやいた。
通路を満たす瘴気は、まるで生き物のように肌を這う。
壁の奥からは、不規則な鼓動のような音が微かに響いていた。
ナオが目を閉じ、両手を胸の前で組む。
その手のひらに、淡い金色の光が灯った。
「“光の加護”」
金色の波紋が広がり、闇の瘴気を押しのける。
その瞬間、通路の奥から“呻き”が聞こえた。
影の中から、二足歩行の獣のような異形が姿を現す。
黒い甲殻に覆われた体、燃えるような眼――リーサルの使い魔だ。
「来やがったな。」
バレンが剣を抜く。刃が闇の中で白く光る。
ヒカルが一歩前に出ると同時に、使い魔たちが一斉に跳びかかってきた。
――瞬間、閃光。
ヒカルの剣が円を描き、三体の首が同時に飛んだ。
斬撃の余波で風が唸り、血飛沫が石壁を染める。
残った一体がナオへと迫るが、ナオは右手を掲げて光を放った。
「“聖なる槍”!」
金色の光が矢となって貫き、使い魔の胸を穿つ。
焼けるような悲鳴を上げ、闇が霧散した。
静寂。
バレンが肩をすくめ、血を払う。
「大した相手じゃねえな。……だが、これは前座ってやつか。」
「間違いない。」
ヒカルは剣を納め、天井を仰いだ。
その先、階段の上方から、微かな魔力の震動が伝わってくる。
空気が変わる――まるで心臓の鼓動のように。
ナオが目を細め、声を潜めて言う。
「感じる……“上”にいる。ネフィロスと――リーサル。」
ヒカルの瞳に光が宿る。
「ここが、あいつらの根城か。」
「行くぞ。」
短く告げ、ヒカルが階段を駆け上がる。
ナオとバレンがその背を追う。
冷たい風が吹き抜ける。
階段の先には、青白い光に包まれた広間――
そして、その奥に、闇の王が待つ“聖堂”へと続く扉があった。
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