第186話 ヒカルとナオ
翌日、クロエはヒカルに基礎的な武術の動きを教わることになった。
よく考えてみると、クロエは武術を知らずにここまで来たのだ。
ほぼ、黄金の力のみに頼っていたが、基礎を知らないとこれからの旅は危険だ。
上位の悪魔たちが現れるであろう。
異空間の大地に、鋭い風が走った。
草原を渡る光が剣閃となり、
金属音と共に、クロエの小さな体が後ろへ弾かれる。
「――まだ甘いっ!」
ヒカルの声が響いた。
彼の木剣が振り抜かれ、クロエは地面を転がりながらもすぐに立ち上がった。
息を切らしながらも、瞳は負けていない。
「も、もう一回!」
「おう、来い」
再び二人の距離が詰まる。
木剣がぶつかり、風圧が舞い上がる。
クロエの動きは軽やかだが、まだ力の軸がぶれていた。
ヒカルはそれを見抜き、容赦なく体術の動きに切り替える。
足払い、肘打ち、肩を押し流す。
クロエは受け身を取りながらも、目で必死にその動きを追う。
「……動きが読めてきたな」
「ほんと? やった!」
「でも、“読める”のと“防げる”のは別だ。
お前の身体の中心がまだ定まってない。
剣を握る前に、自分を守る感覚を覚えろ。
剣はその先にある」
ヒカルの言葉は厳しかったが、
その声には、どこか父親のような温かさが混じっていた。
クロエは稽古の合間に、手にした木剣を見つめた。
(……これが、ヒカルが歩んできた“強さ”の道なんだ)
彼の一振り一振りの裏に、幾つもの戦いと、仲間との絆が詰まっているように思えた。
リディアとの訓練のときとは違う。
あのときは「自分の力」を知る時間。
今は――「誰かを守る力」を学ぶ時間だった。
その夜、休憩中の焚き火の前で、クロエはぽつりと聞いた。
「ねえ、ヒカルって……ナオのこと、どう思ってるの?」
ヒカルは、木の枝で焚き火をいじりながら、軽く眉をひそめた。
「どうって……仲間だな。信用できる」
「出会いは?」
「昔、パーティメンバーを募集してたんだ。
その時に、なんとなく声をかけた。……それが最初だ」
「なんとなく?」
「まぁ、最初はそうだな。
でも今じゃ、悪魔討伐の要だ。
あいつがいなきゃ、何度も詰んでた」
クロエは口をへの字にしながら、さらに突っ込む。
「ふ~ん。……で、好きなの?」
ヒカルの手が止まる。
「おまっ……な、何を聞いてんだお前は!」
「だって気になるじゃん。
ほら、ナオって可愛いし、優しいし、見た目も……」
「クロエ、やめろ、ほんとにやめろ!」
焦るヒカルの様子を、クロエはにやにやと眺めた。
「でも、今の話聞いたら、
“女としてアリ”って思ってる感じだったよね~?」
「ちょ、違う! そういう意味じゃ――」
そこへ。
「……あの、わたし、いたんですけど……」
声の方を見ると、焚き火の影からナオが立っていた。
頬をほんのり赤く染め、手にお茶のカップを持っている。
「さ、さっきから聞いてたかも……」
ヒカルは石のように固まった。
クロエは小声で、「えへへ、わたし良い仕事した」と呟いた。
その夜、ヒカルの稽古はなぜか一段と厳しくなった。
「もう少し腰を落とせ!」
「足の踏み込みが甘い!」
木剣が風を切り、クロエは地面に何度も転がる。
「……ヒカル、今日はなんか、やけに熱いね」
「気のせいだ!」
だがその表情の奥には、照れくさそうな微笑みが確かにあった。
クロエは地面に座り込みながら、空を見上げた。
夜空には無数の星。
その下で、ヒカルが淡く笑っている。
(……なんだか、家族みたいだな)
そう思いながら、クロエは手のひらに木剣の感触を確かめた。
まだ未熟だけど、確かに“守る力”への一歩を踏み出した気がした。
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