第180話 宿舎での報告
夕暮れ時。
グラス王国の宿舎のリビングには、柔らかな灯りがともっていた。
戦いの終結から一夜明け、久しぶりに全員がそろった。
ヒカル、ナオ、クロエ、リディア、シド、バレン、チャイ――そしてエルナリア。
テーブルの上には、香草茶と温かいスープが並び、戦いの名残を癒すような穏やかな空気が流れていた。
「ナオさんたちも……ありがとうございました。」
エルナリアが柔らかな笑みを浮かべる。
「王都の地下に広がっていた“魔の門”を消し去ってくださって。」
「ちょっと骨が折れたがな。」
バレンが肩を回しながら苦笑する。
「だが、ナオさんの“天使の力”がなけりゃ、危なかった。」
「えへへ……」
ナオは頬をかきながら、少し照れくさそうに笑った。
バレンは思い出す。あの戦いの間、ナオが見せた光の力――それは神聖そのものだった。
彼女の中に眠る“天使の系譜”の力を、改めて実感した瞬間でもあった。
「そして――」
エルナリアは、テーブルの向こう側に座るヒカルたちに向き直る。
「紅い月の会の件も、本当に感謝しています。」
彼女の声には、安堵と決意が入り混じっていた。
「彼らは今のところ、反逆の思想もなく、落ち着いています。
ですので、拘束を続けず、解放しようと思っています。」
「解放?」とリディアが少し驚いた顔をした。
「はい。」エルナリアが頷く。
「すべてを“王都派”で固めてしまうと、国は偏ります。
別の思想を持った人々が存在することで、バランスが保たれる。
それが、グラス王国を長く継続させるために必要なことだと、王も判断されたのです。」
ヒカルは、政治のことはよく分からない。
だが、確かに――司教を失った紅い月の会に、もう反乱を起こす力は残っていないように思えた。
そして、エルナリアのその考えが、決して間違っていないとも感じていた。
「結局……」
ヒカルがぽつりと言葉を落とす。
「紅い月の連中に“魔の門”を作るようそそのかしたやつの正体は、わからないままだったな。」
「そうね。」
ナオが静かに頷く。
「でも、あれだけの魔術構造……背後には、ただの人間じゃない存在がいそう。」
「うむ。王都でも調べてみたが、古い禁術文献の記述に近い。」
シドが腕を組んで言った。
「“門”というより、“召喚式”の一部のようなものじゃ。目的はまだ不明じゃが……。」
「ふん、いずれにせよ、もう一度同じことは起こさせん。」
バレンが力強く言い切る。
そんな仲間たちのやり取りを聞きながら、クロエは小さく視線を落とした。
脳裏に、レオン――あの青年の顔が浮かぶ。
彼の言葉、あの静かな目。
何かを知っているようで、何も語らなかった姿。
けれど、今は胸の中にしまっておこう。
この仲間たちに、余計な不安を与えたくなかった。
「……ねぇ、なにぼーっとしてるのよ。」
隣からリディアが、つん、とクロエの肩を指でつついた。
「ひゃっ!? な、なにも!」
クロエが慌ててごまかす。
「ふーん? なにか隠してる顔ねぇ。」
リディアがにやりと笑う。
「ち、違うって! その……リディアのおかげで、今回ちゃんと力を制御できたなって思ってただけ!」
「ふふんっ。」リディアが胸を張る。
「そうでしょ、リディア様のおかげよ! なんてったって、大人だからね、わたしは!」
クロエが苦笑いする。
その無邪気さに、どこか安心する自分がいた。
「みなさん、本当にありがとうございました。」
エルナリアが改めて頭を下げた。
「このあとの予定はありますか? しばらくは、こちらでおもてなしさせてください。
王も、それを強く望んでおります。」
「おもてなし、ね……」ヒカルが微笑む。
「それなら、久しぶりにゆっくりさせてもらおうかな。」
「私、温泉とかあるなら入りたい!」
リディアが元気よく手をあげる。
「私は……お昼寝がいいです……」
クロエがつぶやく。
「では決まりね。」
ナオが笑う。
「みんな、ゆっくりしよ。」
戦いのあとに訪れた、つかの間の安らぎ。
その空気の中で、誰もが心のどこかで、
“次の嵐”の予感を、まだ知らなかった――。
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