第178話 司教イグナトス
レオンが去ったあと、祭壇の奥で重い石の軋む音が響いた。
クロエは礼拝堂の柱の陰から息を殺し、その様子を見守る。
司教イグナトスと、紅い月の会の信者たちが、祭壇の下の隠し通路へと姿を消していった。
「……あそこが、隠れ家に通じてるのね。」
クロエは小さく呟くと、周囲の気配を確かめる。
もう、誰もいない。
瞬間移動の術式を思い浮かべ、集中する。
光がきらりと弾け、クロエの姿は教会の天井にある梁から、瞬時に下へと転移した。
静まり返った空間に、彼女の靴音が軽く響く。
祭壇を押しのけようと身をかがめた、その瞬間――
「……っ!?」
肩に、そっと手が置かれた。
「きゃああっ!!」
クロエが跳ねるように振り返ると、
その人物は慌てて「シッ」と指を立てた。
「静かに。」
驚くクロエの目の前にいたのは――ヒカルだった。
その背後には、エルナリアとリディアの姿もある。
「単独行動はダメだぞ。」
ヒカルはため息をつきながらも、言葉を選ぶように柔らかく言う。
「……子供は――いや、子供扱いはしない。けど、チームワークで頼む。」
「……わかったよぉ。」
クロエは頬をふくらませながらも、観念してうなずいた。
「さすがに放っとけないからさ!」
リディアが言う。「言いつけたのは許してよね。」
「はいはい……」クロエはしかたないという顔をした。
クロエは、レオンのことを話すか一瞬迷った。
だが――なんとなく、心配をかけたくなくて、その名は口にしなかった。
代わりに、紅い月の会が“魔の門”を作り、悪魔を召喚したようだと説明する。
「やはり……」
エルナリアとヒカルが、同時に頷く。
「王都の地下では、ナオたちが魔の門を破壊している。」
ヒカルが言った。
「俺たちは、ここの教団を壊滅させる。それでグラス王国は一旦、安泰だ。」
三人と一人は、祭壇を動かし、隠し通路へと降りていった。
地下は薄暗く、石の壁が迷路のように入り組んでいた。
蝋燭の灯がちらちらと揺れる中、エルナリアが小声で言う。
「司教を捕まえれば、信者は投降するでしょう。」
「私にまかせて。」クロエが前に出た。
瞳が黄金色に輝き、意識が広がる。
「サーチ、展開……。こっちの奥を右ね。そして、あの扉の中。」
ヒカルが剣の柄に手を添えた。
「扉の前に、見張りが二人いる。」
「いなくなるよ。」
クロエが言うと、瞳が再び輝く。
見張りの二人は、突然お腹を押さえ――
「トイレ、トイレぃぃっ!!」
と悲鳴をあげ、通路の奥へ駆けていった。
「……すごいな。」ヒカルが苦笑する。
四人は、誰にも見つからず司教の執務室へと踏み込んだ。
「な……あなたたちは一体……!?」
司教イグナトスの目が、エルナリアを見た瞬間、見開かれた。
「エルナリア!? グラス王国の執政官がなぜここに……!」
「あなたたちをここから帰すわけにはいきませんね……!」
司教は机の上にあった小瓶をつかみ、コルク栓を外して一気に飲み干した。
「ふふふふふ……ははははは!」
その体が膨れ上がり、皮膚が裂け、黒い翼と角が生える。
「やっぱりこうなるよね……。」
リディアがうんざりと肩を落とした。
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