第177話 廃教会への単独潜入
夜の風が冷たく、草木のざわめきさえ息を潜めていた。
クロエは朽ちた石壁の影に身を寄せ、静かに目を閉じる。
「……サーチ。」
意識が波紋のように広がる。
石壁を越え、木造の柱を伝い、空間の奥行きをなぞる。
――三人、いや、四人。
一人は中央の祭壇の前に立つ司教らしき男。
その両脇に信者らしき二人の男。
そして、祭壇前に座っている客のような青年が一人。
(……やっぱり、いる。)
クロエは息を潜めながら、さらに意識を深く潜らせようとする。
彼らの会話を“聞く”ために、サーチの感度を上げようと――した、その瞬間。
「――っ!?」
頭の奥に、鋭い痛みが走った。
まるで何かに押し返されたような感覚。
音が途切れ、視界の中の光景が歪む。
(妨害……? そんな……私のサーチが……)
クロエはサーチの範囲を切り、息を整えた。
外からでは情報を取れない。
誰かが、意図的に能力を阻害している。
その“誰か”は、間違いなく――中にいる。
「……中に入るしかないね。」
クロエは両手を合わせ、目を閉じる。
「――移動。」
瞬間、光の粒が弾け、彼女の姿は掻き消えた。
次の瞬間、クロエは廃教会の梁の上に立っていた。
見下ろすと、そこには確かに四人の人影がある。
誰にも気づかれていない。息を殺して、彼女は耳を澄ませた。
中央で祈りを捧げていた司教のような男が、
ゆっくりと顔を上げ、対面の青年に話しかける。
「レオンさん……あなたが言っていた“悪魔のルシフェル”と“セリーナ”は、消えてしまいました……。
これからどうしたらいいでしょう……? 我々がグラス王国を乗っ取り、
我々の宗教を母体にした新しい国造り――
私が王になるための計画が、これでは……!」
声は焦りと絶望に満ちていた。
対する青年――レオンと呼ばれた男は、ただ静かに微笑んでいた。
歳は十八ほど。
整った顔立ちに、どこか底の知れない静けさがある。
「イグナトスさん。僕は知りませんよ。」
その言葉に、司教イグナトスは顔を歪める。
「そんな……もう引き返せません。
王都にも今回の件は、おそらくバレています。
いままで我々は泳がされていた存在でした……。
今回、あなたの計画にかけて行動したのです。
悪魔を崇拝する黒衣の者たちを受け入れ、我が“紅い月の会”も黒衣をまとい、
ともに“悪魔を受け入れるための門”を王都の地下に建設した……。
ちゃんと協力したじゃないですか!」
レオンの微笑みがわずかに深まった。
「いえ。僕は知りませんよ? ね? 知らないでしょう?」
その瞬間――彼の瞳が黄金に輝いた。
イグナトスの身体が小刻みに震え、瞳から光が抜けていく。
「は……はい……すべては私が仕組んだこと……。
レオン? などという男は、知りません……。」
まるで糸の切れた人形のように、言葉を繰り返す。
その異様な光景に、梁の上のクロエは息を呑んだ。
(……今の、まさか。
精神干渉……? 記憶を書き換えてる……?)
クロエの心臓が強く打つ。
それはまさに、彼女自身が使う力――情報操作と酷似していた。
だが、レオンのそれは、比べものにならない精度と威力だった。
(黄金の光……。同じ、力……?)
レオンはゆっくり立ち上がり、外套の裾を整える。
「では、これで失礼します。」
そのまま裏手の扉へと歩いていく。
出口に手をかけたところで、ふと足を止めた。
そして、何気ない口調で呟く。
「――出会えましたが、これで失礼しますね。」
静かな笑みを浮かべたまま、闇の中へと消えていった。
しばらく呆然と立ち尽くすイグナトスたちを見下ろしながら、
クロエは唇をかすかに震わせた。
「……今の、誰に言ったの……?」
司教に向けた言葉……?
それとも――自分に?
考えた瞬間、背筋に冷たいものが走る。
彼も、サーチを使えるのなら――
この梁の上にいる自分の存在に、気づいていたのではないか。
クロエの手が、わずかに震えた。
月明かりが差し込み、彼女の瞳の奥で黄金の光が淡く瞬く。
(……レオン。あなたはいったい、何者なの。)
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