第176話 決意の夜
翌朝。
グラス王国の保安局の前には、夜明けの霧が立ちこめていた。
その霧の中に――
盗賊団のボスと、その手下、そして山ほどの盗品が静かに並べられていた。
誰が運んできたのか、目撃した者はいない。
ただ、保安局の署長が言った。
「……これは、正義の味方の仕業ってやつかね。」
事件は静かに、しかし完全に解決した。
だが、クロエとリディアの名前が出ることはなかった。
二人の活躍は、闇に包まれたまま、風の噂にも残らない。
その日の午後、宿舎の一室。
窓辺の光の下で、クロエとリディアは机を挟んで向かい合っていた。
「さて、クロエ。総復習といこうか。」
リディアが紅茶を片手に言う。
クロエは頷きながら、空中に光の文字を描く。
淡い黄金の筆跡が、ふわりと宙に浮かび上がった。
クロエ・スキル整理(実用レベル)
① 瞬間移動
※行ったことのある場所にしか行けない。発動前に集中が必要。
② 精神干渉
※軽い幻覚・幻聴・誘導程度。強い干渉は制御不能。
③ 仮想銃
※出力1~3まで。強出力は危険で制御不可。
④ サーチ
※視覚に頼らず空間を“感じ取る”感知能力。映像は不鮮明。
⑤ 物体・思考転送
※物体と思考を任意の座標に転送可能。
「うん、これがいまの私の“安全仕様”だね。」
クロエが微笑む。
「そうね。あんたもよく頑張ったわ。」
リディアは頷き、紅茶を口に運ぶ。
「創造は?」
「木の枝なら……なんとか。でも、速度が全然足りないの。」
「実戦じゃ使えないわね。」
「うん。あと、“見た目を変える”のも、セリーナをハムスターにした時は成功したけど、
それ以外は全滅。」
「そっちは再現性の問題ね。危険度高め。」
クロエは少し照れたように笑い、机の上のメモにペンを走らせた。
「回復魔法も使わなきゃって意思が強いときは使えるけど、なんかそれ以外の時は発動しないし…
あんまりあてにはできない感じ!いろいろできても、大体不安定なんだよね。」
「“無属性のバリア”も試してみたけど、やっぱり危ない。
成功と失敗が半々で……たぶん、ヴァルガのときは偶然だったんだと思う。」
「そりゃそうよ。無の空間なんて、下手すりゃ自分ごと消えるわよ。」
「だから、封印スキルにする。」
「いい判断ね。」
リディアが満足そうに笑う。
そして、ゆっくり立ち上がって言った。
「――まぁ、こんなところかしらね。」
クロエはふっと笑みをこぼした。
危険な力の意味を知り、制御の術を学び、少しだけ“大人”になれた気がした。
「リディアちゃん、本当にありがとう。」
「なぁに、気にしないで。大人として当然の――」
リディアが言いかけて、違和感に気づいた。
「……あれ?」
クロエが座っていたはずの場所には、ただの椅子。
ふわりと黄金の残光だけが、クロエの輪郭を描くように揺れていた。
「……やられた。」
リディアがため息をつき、口の端を上げる。
「あんにゃろー、アタシに精神干渉かけやがったな。
でも……そうか、アタシを巻き込みたくなかったんだね。」
窓の外を見つめると、風がそっとカーテンを揺らした。
「水臭いにもほどがあるわよ、まったく。」
リディアは腕を組み、ひとつ息を吐く。
そして、小さく呟いた。
「――ヒカルたちに報告しなきゃね。」
そう言って、会議室へと足を向ける。
一方そのころ。
夜の帳が降り始めたグラス王国の外れ。
廃教会の尖塔を、月が赤く照らしていた。
その屋根の上に、金色の髪がそよぐ。
クロエだった。
「……やっぱり、私が行かなきゃ。誰にも死んでほしくない。」
彼女は小さく呟くと、胸の前で手を組み、瞳を閉じた。
――“紅い月の会”。
その闇の中に、クロエは静かに歩み出した。
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