第172話 クロエの更なる覚醒
翌朝。
グラス王国の宿舎では、ヒカルをはじめとした大人たちが、長い会議を続けていた。
どうやら「紅い月の会」への対応を話し合っているらしい。重苦しい空気が漂う中、クロエはその様子をじっと見つめながら、椅子の上で頬杖をつく。
「ふふん……大人たちは難しい話ばっかり。私が先に解決してみせるんだから!」
胸の中で小さく拳を握りしめるクロエ。
その決意は幼いものではなく、確かな責任感を伴っていた。
だが、それを誰にも悟られないよう、彼女はわざと明るい声を出す。
「ねぇ、リディアちゃん! 旦那様にプレゼントを買いに行こうよ!」
唐突な誘いに、リディアは一瞬きょとんとしたが、すぐに頬を染めた。
「え? あ、ああ……そ、そうね! わたしもちょうどそう思ってたところよ!」
クロエは「作戦成功」とばかりに口角を上げた。
こうして二人は街へと出かけることになった。
買い物を終え、ふたりは街角のカフェで一息つく。
クロエは紅茶をすすりながら、切り出そうかどうかを迷っていた。
そんなクロエの様子を、リディアはじっと観察していた。
「……で、相談があるんでしょう? あんた、分かりやすいのよ」
「ひゃっ……!? やっぱり気づいてた!?」
クロエは目を丸くする。
リディアはくすっと笑い、テーブルに肘をついた。
「さあ、話してみなさい。あんたのことだもの、またとんでもない話でしょ?」
「う、うん……」
クロエは指を組みながら、真剣な顔になる。
「実はね、最近、自分の力がちょっと変わってきた気がして……
整理したら、こうなったの」
そう言うと、クロエの手元に黄金の光が集まり、空中に光文字が浮かび上がった。
① 何かを創造する
② 人の心と行動を操る
③ バリアを張る
④ 対象の魔力を抜く
⑤ 対象をハムスターに変える
リディアは思わず身を乗り出した。
「……便利ね、それ。わたしもメモ欲しいくらい」
そして、顎に手を当てて考え込む。
「③のバリア……あれ、ちょっと普通じゃなかったのよね。
ヴァルガ戦のとき、私たちを守ってくれたけど……あれは壁というより“無”の力だった。
何かが当たると、跡形もなく消える……まるで空間ごと“無かったこと”にするみたいな。」
クロエは目を丸くした。「え、それ……そんなふうに見えてたの?」
「ええ。だから思ったの。
あんたの“創造”って、単なる物質生成じゃない。
“存在の情報”そのものを操作してるのよ。無を作るなんて、普通の魔法使いにはできないもの。」
「す、すすすすごい考察……!」
クロエは思わずリディアを尊敬のまなざしで見つめた。
自分では到底気づけなかった領域の話。リディアは頭脳派なのだ。
「②の“操る”ってのもね、要は“相手の情報”を上書きしてるってこと。
脳の電気信号をいじって、誤情報を真実として認識させてるのよ。
怖いけど……理屈としてはそうなる。」
リディアは紅茶を一口飲み、続けた。
「④の“魔力を抜く”も同じ。
相手の“状態”という情報を改ざんして、MP9999→0にする。
⑤の“ハムスター化”も、外見の情報を書き換えたに過ぎない。」
「つまり……私の力って、“創造”と“情報操作”の二本柱なのね?」
クロエがまとめるように言った。
だが、リディアは首を横に振った。
「違うわ。たぶんそれも同じ根。
“創造”も、“情報操作”の一形態なの。
あんたが右手に木の枝を創り出すとしたら――
それは、空気の情報を“木の枝”に書き換えただけ。存在の書き換えよ。」
「――!」
その瞬間、クロエの胸の奥で何かが弾けた。
外から見ても分からないが、彼女の体内で黄金の光がうねる。
まるで真理に触れたような感覚。
あらゆる「形」「色」「意味」が、ひとつの“情報”として脳裏に流れ込んでくる。
「クロエ!? ちょっと、あんた大丈夫!?」
リディアの声が遠く聞こえる。
「だいじょぶ……だいじょぶ……」
クロエは目を閉じて深呼吸した。
やがて穏やかに目を開ける。
「なんだか、いろんなことができそう……
でも、同時に、できちゃいけないことも、できちゃいそうで、ちょっと怖い……」
リディアは微笑んで肩を叩いた。
「だから、制御の練習をしましょう。
その力、使い方を間違えなければ――誰よりも頼もしい武器になるわ。」
「うん!」
クロエの表情に、再び光が戻る。
こうして二人は、クロエの“情報操作”の力を制御するための訓練を始めた。
幸い、大人たちは「紅い月の会」の件で忙しく、干渉してこない。
そしてチャイは、ドラゴンとしての修行を始め、バレンから龍術を学び始めていた。
――だから今、クロエとリディアには、世界の秘密を覗き込む自由な時間が、たっぷりとあったのだった。
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