第167話 クロエの夢
ヒカルたちは、エルフの森で休んでいた。
セリーナは小さなハムスターの姿で眠り、エリナも穏やかな寝息を立てている。
その傍らで、ヒカルはクロエを抱き上げたまま、焚き火の明かりに照らされていた。
彼女の頬は温かい。だが、どんなに呼びかけても目を開けようとはしない。
「クロエ……おい、しっかりしろ……」
ヒカルの声は震えていた。戦いの緊張が解けた今、恐怖だけが残る。
シドが肩に手を置く。
「大丈夫じゃ。生命の気はしっかりしとる。眠っておるだけじゃよ」
「でも……」
「心の深くで、何かと闘っておるのかもしれん。わしらには、見えぬ領域でな」
――その言葉どおり、クロエは確かに“別の世界”にいた。
***
光のない空間だった。
何もない。地平も、音も、時間の流れさえもない――はずだった。
だが、クロエはそこで“呼ばれて”いた。
ふわりとした金の光が、彼女の身体の周囲に集まる。
気がつくと、彼女は光の草原の上に立っていた。
「ここは……どこ?」
声は吸い込まれていくように響き、やがて答える声があった。
「あなたの心の底、そして――“始まり”の場所」
振り向くと、そこに立っていたのは、一人の女性。
黄金の髪が風に揺れ、白い衣が光を反射する。
クロエにそっくりの顔。しかし、その瞳は無限の慈愛と力を湛えていた。
「あなた……誰?」
「私はリュミナ。創造を司る者。この世界を紡いだ“始まりの光”よ」
クロエは息をのんだ。「創造の……神様……?」
リュミナは静かに微笑む。「そう。けれど、私はもうこの世界には存在しない。あなたに託したの」
「わたしに……?」
「あなたは私の“欠片”。光の因子を宿す最後の子」
「……そんな、わたし、ただの冒険者だよ」
「いいえ。あなたは“存在を創る”力を持っている。セリーナを無力化したのも、あなたが“無”を創り出したから」
クロエは唇を噛んだ。
あの時の感覚――世界の音が止まり、自分だけが“上書き”していたような不思議な感覚。
それが力だったというのか。
リュミナはクロエの胸に手をかざした。
「あなたの力はまだ覚醒の途中。だが、これから現れる“黒き神子”は、あなたの対となる存在」
「黒き神子……?」
「創造に対する“破壊”――この世界を終わらせようとする意思。それが彼らの中に芽生えている」
光が淡く揺れた。
クロエはリュミナを見つめる。「わたし……何をすればいいの?」
「信じなさい。あなたが出会う人々を。そして、“彼”を――」
「彼……?」
リュミナの瞳がやさしく揺れる。
「あなたの心が、無意識に惹かれている存在。彼はあなたの“原点”に関わる」
クロエの胸が一瞬だけ熱を持った。ヒカルの顔が浮かぶ。
リュミナは穏やかに頷く。
「目を覚ましなさい、クロエ。世界は今、書き換えの始まりにある」
***
――目を開けると、ヒカルがいた。
泣きそうな顔で、彼女の手を握っている。
クロエは弱く微笑んだ。「……おはよう、ヒカル」
「クロエ……!」
シドが安堵のため息をつく。「まったく、心配させおって……」
クロエはしばらく空を見上げていた。
エルフの森の天蓋を透けて、月明かりが降り注いでいる。
その光がやけに温かく、どこか懐かしい。
――“創造の神リュミナ”。
――“黒き神子”。
クロエの中で、静かにその名が反響していた。
世界の根が軋む音が、遠くでかすかに聞こえた気がした。
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