第165話 エリナ救出
――静寂が、森の奥に満ちていた。
戦いのあと、エルナリアを救出したヒカルたちは、朽ちた祭壇の広間で一息ついていた。
だが、時間はあまりにも少ない。
「……ラルド、エルナリア様の手当てを頼む」
ヒカルが静かに言うと、ラルドは深くうなずいた。
「承知しました。聖域の奥なら、瘴気も薄いはずです」
エルナリアはまだ意識が朦朧としている。
クロエがそっと彼女の髪を撫で、温かな光を流し込む。
「クロエ、リディア。お前たちはここで二人を守ってくれ」
ヒカルが背を向けたまま言った。
「……ヒカル、また危険なことをする気でしょ」
リディアが眉をひそめる。
「エリナを助けるためだ。今、行かなきゃ」
「……っ。でも……」
クロエは唇をかみしめたが、すぐにうなずいた。
黄金の瞳が、迷いのない光を放つ。
「わかった。絶対に守る。だから……無事で帰ってきて」
ヒカルは微笑み、手を挙げた。
「もちろん。すぐ戻る」
隣でシドが肩をすくめる。
「若いのう……命の重みを知らぬ者の目じゃ。だが、そういう者にしか、未来は開けんのじゃろう」
そして、二人は祭壇の奥――封印の根源へと向かった。
* * *
やがて、聖樹の根の下へと続く通路が現れた。
光も届かぬ地下。
それでも、そこは不思議なほど温かく、静寂に包まれていた。
無数の根が絡まり合い、まるで巨大な胎動のように呼吸している。
その中央――聖樹の根に腰を下ろし、静かに眠る少女の姿があった。
「……エリナ!」
ヒカルが駆け寄る。
だが、シドの声が鋭く響いた。
「待て! 近づくでない、ヒカル!」
ヒカルの足が止まる。
すると――空気がゆらりと歪んだ。
黒い靄が渦を巻き、甘く、妖しい香りが満ちていく。
「ふふ……勘のいいご老人は嫌いよ」
その声とともに、黒い衣をまとった女が現れた。
整った顔立ち、艶やかな黒髪、そして瞳は紅玉のように輝く。
ルシフェルとは異なる、より“人”に近い気配――だが、その奥底に潜む力は明らかに常軌を逸していた。
「セリーナ……!」
ヒカルが歯を食いしばる。
セリーナは微笑み、眠るエリナの頬に手を添える。
「さあ、エリナ。起きなさい……もう十分に眠ったでしょう?」
エリナの指先がかすかに動いた。
「あなたの祈りが、私を強くするの。
“リーサル”をも超える力……それを手に入れるために、あなたが必要なの」
ヒカルが一歩踏み出す。
「やっぱり……お前が、全部の元凶か」
「元凶? 違うわ。私は“理想”を叶えようとしているだけ。
神々に見捨てられたこの世界を、“創り直す”のよ」
「創り直す……?」
セリーナの瞳が、黒く濁った。
「そう。あの“黄金の創造者”が持つ力――私にも、あれが必要なの。
クロエ……あの子の力を、私が手に入れれば……この世界の枷を壊せる」
「クロエを狙っているのか……!」
ヒカルの胸の奥で、怒りが燃え上がる。
セリーナはただ、微笑む。
「怒らないで、ヒカル。あなたたちだって同じでしょう?
壊れた世界を救いたい。その願いは、私も同じ」
「だが、お前のやり方は間違ってる!」
ヒカルの叫びが、聖樹の根に反響した。
しかしその瞬間――エリナの目がゆっくりと開く。
透き通るような碧眼が、ヒカルを捉えた。
「……ヒカル、さん……?」
セリーナが、満足そうに微笑む。
「そうよ……祈りなさい、エリナ。あなたの中の“聖血”が、私を完全にする――」
その言葉と同時に、聖樹全体が唸り声を上げた。
根が震え、天井から光が降り注ぐ。
セリーナの身体を中心に、黒い魔力が渦を巻き始める。
――エリナの祈りとともに、世界が再び動き出そうとしていた。
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