第162話 クロエの能力
作戦会議が終わり、皆がそれぞれの持ち場へ散っていくころ。
夜風が焚き火の残り香を運び、森の空気は一瞬だけ穏やかになった。
その静けさを破ったのは、リディアの明るい声だった。
「ねぇねぇ、みんな! 聞いてよ!」
リディアは勢いよく立ち上がり、焚き火のほうへ身を乗り出す。
「今日のクロエ、ほんっっっとにすごかったのよ! なんと、回復魔法で瀕死のラルドさんを助けちゃったんだから!」
その言葉に、皆の視線が一斉にクロエに集まった。
ラルドは姿勢を正し、丁寧に頭を下げる。
「はい。……まさに、命の恩人です。あのままでは、私は間違いなく……。
クロエさんがいなければ、今ここにこうして立っていることもできませんでした。本当に感謝しております。」
クロエは少し困ったように笑い、頬をぽりぽりとかいた。
「そ、そんな大げさな……あれはただ、できるかなって試しただけで……。」
だが、彼女の言葉を聞いても、周囲の驚きは消えない。
シドがごくりと唾を飲み込み、思わず声をあげた。
「物体を出現させる、人を操る、バリアを張る、そして今度は回復魔法まで……じゃと!?
おぬし、いったいどれほどのスキルを持っとるのじゃ……。」
焚き火の火が、シドの顔を赤く照らした。
クロエは苦笑しながら肩をすくめる。
「うーん、自分でもよくわかんないんだよね。やってみたら、できちゃった感じで。」
そのやり取りを、ヒカルは黙って見ていた。
焚き火の炎が、クロエの髪を照らし出す。
その光が、まるで夜の闇を押し返すように輝いていた。
(……俺のチートとは、まるで別物だな。)
ヒカルの脳裏に、前世の記憶がよぎる。
“この世界”は、かつて自分がプレイしていたゲームの世界。
ゲーム開発者たちが作り上げた膨大なコードとシステムの中で、
自分はバグや裏技を見つけて“抜け道”のように利用してきただけだった。
それは、あくまで“既存の仕組み”を逆手に取ったプレイヤーとしての力。
だが――クロエのそれは違う。
彼女の力は、“ルールそのもの”を上書きしているように見えた。
理屈を超えて、“世界を書き換える”力だ。
クロエが、焚き火を見つめながら口を開いた。
「回復魔法っていうか……うーん。
“痛そうなところを消して、健康な状態を新しく創造して、更新した”って感じかな?」
ヒカルの瞳が一瞬だけ大きく見開かれた。
(……創造、消去、更新――?)
頭の中で、プログラムの構造が思い浮かぶ。
Create(創造)、Delete(消去)、Update(更新)。
まるでゲームの“開発権限”を持つ者のような操作だ。
(まさか……この世界の管理者権限を、クロエが……?)
思考が一瞬で暴走しかける。
だが、すぐに自分を戒めるように首を振った。
(いや、ありえない。そんな理屈、この世界では通用しない。
俺には前世の記憶があるから、こういう発想になるだけだ。
クロエは……そんなこと考えてやってるわけじゃない。)
けれど――。
彼女の中に眠る“黄金の光”と“遺伝子爆発”の力が、
単なる奇跡ではないことを、ヒカルの直感は知っていた。
クロエは隣であくびをして、木の幹にもたれかかる。
「ふぁ……。とりあえず、みんな無事でよかった……。」
そのまま、穏やかな寝息を立て始める。
ヒカルは小さく笑ってから、夜空を見上げた。
星々が淡く瞬いている。
その光のひとつひとつが、まるで世界の根幹をつかさどるコードの断片のように思えた。
(……考えすぎだな。明日は決戦だ。今は、休もう。)
そうつぶやき、ヒカルも静かに目を閉じた。
やがて、夜の森を包む静寂の中、焚き火の光だけがゆらゆらと踊り続けていた。
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