第160話 森の守護者
森の奥深く――。
クロエたちは、焚き火の明かりの中でラルドの話を聞いていた。
木々のざわめきが、まるで古の記憶を語るように静かに響いている。
ラルドの声は深く、そしてどこか悲しみを帯びていた。
「私は……“森の守り手”の末裔、ラルド。
我らエルフは、かつてよりグラス王国と共に栄えてきた聖なる種族です」
クロエとリディアは、息を呑んで耳を傾けた。
「聖なる種族……」とクロエが小さく呟く。
ラルドは頷いた。
「グラス王国の領土にありながら、我らの森は“自治”を許されていました。
王国と我らは、助け合いの関係を築き、数百年もの時を共に過ごしてきたのです。
いまでは、王国の要職の多くに、長命のエルフたちが就いております」
「王国とエルフの森の架け橋……それが、エルナリア様か」
リディアが目を細める。
「ご存じなのですか?」とラルドが驚いた顔を向けた。
「名前だけ。王国の執政官として名高い人だって」
「ええ。その方こそ、我らが誇る長老、エルナリア様です。
彼女は王国の未来を導く光と呼ばれ、王も信を寄せておられる……」
ラルドは一度目を閉じ、わずかに震える指で拳を握った。
「私はそのエルナリア様のもとで仕えておりました。
ですが、彼女が執政官となる折に、この森の守護を任されたのです。
――もう、数百年以上も前の話になります」
「数百年……!?」クロエが思わず身を乗り出す。
「えぇ……エルフは長命です。私など、まだ若輩のほうですよ」
ラルドはかすかに笑みを浮かべた。
しかし、その表情はすぐに曇る。
「そして――“エリナ”。
彼女は、エルナリア様と人間の間に生まれた娘です。
我らの森で育ち、エルフとしての力を学ぶため、私が世話役を務めておりました。
……あの子は、森の希望そのものでした」
「そんな子が……さらわれたんだね」
クロエの声には怒りと悲しみが入り混じっていた。
「はい。黒衣の集団が、森の結界を破って現れたのです。
本来、外の者が踏み入れることなどできぬはずの森に――。
あれほど強固な結界を破れる存在など、考えられませんでした」
「結界を破るって……それってつまり……」
リディアの言葉を遮るように、ラルドが頷く。
「そう――悪魔の仕業です。
私は彼らを追いましたが、“ルシフェル”と名乗る悪魔が立ち塞がりました。
私は一撃で吹き飛ばされ……こうして森に倒れていたのです」
焚き火の火がパチリと弾ける音がした。
その名を聞いた瞬間、クロエとリディアは互いに顔を見合わせた。
「ルシフェル……」
「やっぱり、悪魔が関わってるんだ……」
クロエの拳が震えた。
「じゃあ、エリナちゃんも、セリーナとかいう悪魔の計画に巻き込まれたってこと?」
「おそらくは……」ラルドは低く頷く。
「黒衣の者たちは、セリーナと名乗る悪魔の使徒でした。
エリナ様の持つ“聖樹の血脈”を狙っているのかもしれません」
「許せない……!」クロエの瞳が黄金に光を帯びる。
「リディア、行こう! 悪魔なんかに負けるもんか!」
リディアはため息をつきながらも、口元に笑みを浮かべた。
「まったく……あなたってほんと無鉄砲。でも、そういうとこ嫌いじゃないわ」
そのときだった。
木々の間から複数の足音が近づいてくる。
ラルドが弓を構えるが、リディアがすぐに手を上げて制した。
「待って。……この気配、知ってる」
闇の中から姿を現したのは――ヒカルたちだった。
エルネスを先頭に、バレン、ナオ、シド、そしてチャイの五人が森の影を抜けてくる。
「……クロエ! リディア!」
ヒカルの声に、クロエが駆け寄る。
「ヒカルっ! 無事だったんだね!」
「お前こそ……森の結界の中にいたのか」
エルネスはラルドを見ると、目を丸くした。
「あなたは……ラルド様!? 母上がよくお名前を口にされていました!」
ラルドの眉がわずかに上がる。
「母上……? あなたは……まさか……」
「はい。セリーナ――いや、セリーヌ母さんの息子、エルネスです」
焚き火の炎が揺れ、空気が一瞬凍りついた。
クロエたち、ラルド、そしてヒカルたちは顔を見合わせる。
それぞれの思惑が、一本の糸のように結ばれ始めていた。
「――悪魔セリーナ、そしてルシフェル。
全ての鍵は、この森にあるのかもしれんのう」
シドの言葉が、静かな森に重く響いた。
彼らの次の目的はただ一つ。
――エリナを救い出すこと。
そして、悪魔の支配を打ち砕くことだった。
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