第159話 倒れたエルフ
そのころ。
森を抜け、息を切らしながら走り続けた二つの影があった。
クロエとリディア――。
ようやく木々が密集し始め、エルフの森の入口が見えたころ、二人はほぼ同時に崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ……っ、も、もう一生分走った……」
クロエが地面にへたり込み、葉っぱをバサッと頭からかぶる。
「ほんとに……あなた、途中で“もう限界~”って十回くらい言ってたわよ」
リディアが苦笑しながら額の汗をぬぐう。
夜風が吹き抜け、二人の髪がさらりと揺れた。
「でも、ここまで来たら、きっと大丈夫……だよね?」
「そうね。あとは――」
クロエが立ち上がり、森の奥に向かって声を張り上げた。
「エリナ――! いるー!?」
声が森の静寂に溶けていく。
「でも……考えてみたら、エリナちゃん以外のエルフと話したことないんだよね」
クロエが眉を寄せる。
「この森の人たち、わたしたちのこと“怪しい人間”って思わないかな……」
「まぁ、見た目はほぼ旅人だから、下手に声をかけたら逆に怪しまれそうね」
「うう、やっぱり私が“悪魔じゃないよ~”って看板持って歩く?」
「余計怪しいわ」
そんな軽口を叩きながら、ふたりは森の小道を進んでいった。
だが、数分後――。
「……あれ?」
リディアが足を止める。
木の根元に、ひとりのエルフが倒れていた。
年のころは三十前後。長い銀髪が土に散らばり、胸元が血に染まっている。
「――っ! リディア! ひとが!」
クロエが駆け寄る。
リディアもすぐに膝をつき、傷口を確認した。
「深い……けど、まだ息はある」
「しっかりして! 大丈夫ですか!」
クロエの声に反応するように、男のエルフがうっすらと目を開けた。
「……あ、あなた方は……? まさか……悪魔の仲間……?」
「違うの!」クロエが必死に首を振る。
「わたしたち、人を助けに来たんです!」
エルフはうめくように腕を伸ばした。
「……エリナ様が……連れていかれた……どうか……お助けを……」
「えっ、エリナが!?」
クロエが目を見開く。
「でも、まずあなたを助けなきゃ!」
リディアが言うと同時に、クロエは彼の胸の傷に手をかざした。
「回復魔法……使ったことないけど……やってみる!」
「ちょ、ちょっと待って、やったことないって――」
リディアが制止するより早く、クロエは深呼吸をした。
「……イメージ、イメージ……。
木の枝を創るみたいに……。
傷ついた皮膚を、健康な皮膚に“創造”する……」
彼女の瞳が真剣に光る。
その瞬間、空気が震えた。
クロエの指先が淡く輝き――やがて、全身が黄金に包まれていく。
リディアは思わず息をのんだ。
「クロエ……これ、魔法じゃない……もっと根源的な――」
眩い光が森の木々を照らし、静寂の中で粒子が舞った。
クロエの掌から溢れる光が、まるで命そのもののように優しく傷口を包み込む。
男のエルフはその光を見上げ、息を呑んだ。
「なんという……光……あなた様は……天使……? それ以上の……存在なのですか……」
クロエは汗を流しながら首を横に振る。
「ちがうよ……ただの、頑張る女の子……!」
光がゆっくりと消えると、男のエルフの胸の傷は、まるで最初から何もなかったかのように癒えていた。
彼は呆然としたまま、自らの胸に手を当てた。
「……治っている……本当に、治っている……」
リディアが苦笑する。
「ね、言ったでしょ? クロエはたまにとんでもないことをやるのよ」
クロエはへにゃっと笑いながら、少しフラついた。
「……なんか、全身がポカポカする……」
男のエルフは慌てて彼女を支え、深く頭を下げた。
「お救いくださって……ありがとうございます。私は、森の守り手、ラルドと申します」
クロエは微笑んだ。
「ラルドさん、ね。……今度は、エリナちゃんを助ける番だね」
リディアが静かに頷いた。
「そうね。ヒカルたちも、きっとどこかで戦ってる。
私たちも――やるべきことをやりましょう」
月明かりの差す森の奥で、三人の影が静かに動き出した。
黄金の余韻が、まだクロエの肩をやさしく包んでいた。
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