第143話 父と娘
祝宴が終わるころ、王宮の庭には、灯火の残り香と甘い果実酒の匂いが漂っていた。
星々が砂漠の夜空にきらめき、まるで地上の光と呼応するように瞬いている。
ヒカルは静かに庭の外れへ出て、噴水のそばに腰を下ろした。
戦いの疲れが体に残っているはずなのに、不思議と眠れそうにない。
「……いた」
背後から聞こえたのは、クロエの声だった。
彼女はまだ宴の衣装のまま、リンゴパイを手にしている。
「もう夜更けだぞ。寝なくていいのか?」
ヒカルが軽く笑うと、クロエは頬をふくらませた。
「だって、なんか眠れないんだもん。今日……怖かったから」
ヒカルは静かに頷く。
クロエの小さな手が、あの黄金の光を放った瞬間を思い出した。
あれがなければ、今頃どうなっていたか分からない。
「……怖かったのに、よく頑張ったな」
「うん。でも、わたし……守りたかったの。チャイも、リディアも……」
クロエの声は少し震えていたが、その瞳はしっかりと夜空を見上げていた。
「それに……あの光、なんだったのかな。わたし、あんな力……知らない」
「黄金の手、か」
ヒカルはクロエの小さな右手に目をやる。
今は普通の人の手と変わらない。けれど、あのとき確かに――。
「きっと、君の中に眠ってる“何か”だろうな。まだ形になってないだけで」
「眠ってる……何か?」
「そう。俺も似たようなもんだ。力があっても、どう使うかはいつも悩む」
ヒカルの横顔に、クロエはじっと視線を向けた。
彼の目には、炎のような強さと、どこか遠くを見つめるような寂しさがあった。
「ねぇ、ヒカル。セリーナ……また来ると思う?」
「……ああ。たぶんな。ヴァルガを差し向けたくらいだ。次は本気だろう」
ヒカルはそう言って、空を見上げた。
砂漠の空気が澄み切り、星のひとつひとつが強く瞬いている。
「でも、次は負けない。あのときの“恐怖”を超えるために、俺たちはここにいる」
「……わたしも、強くなりたい」
クロエは小さくつぶやいた。
「守られるだけの子じゃなくて、ちゃんと“仲間”として戦いたいの」
ヒカルは少しだけ笑って言った。
「なら、次からはちゃんと作戦会議に呼ぶよ」
「ほんと!?」
「ただし、寝坊しなかったらな」
「むっ!」クロエが頬をふくらませ、ヒカルはくすりと笑った。
そのやり取りを見ていたナオが、少し離れた階段の上から声をかけた。
「……風、冷たいですよ。風邪を引いたら困ります」
「ナオこそ、まだ起きてたのか」
「……二人がいないと、気になって」
ナオの声は静かだが、わずかに安堵の響きを帯びていた。
クロエは空を見上げたまま言った。
「星、きれいだね」
「そうだな。――明日も、ちゃんと見られるようにしよう」
ヒカルの言葉に、ナオも小さく頷く。
風が吹き抜け、クロエの髪がふわりと舞った。
その瞬間、彼女の右手がほんの一瞬だけ、淡く黄金に輝いた。
それを見て、ヒカルは何も言わなかった。
ただ静かに、星明かりの下でその光を見つめていた。
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