第118話 クロエの変化
温かな食堂の空気に包まれていたその時――ふとクロエの視線が、壁際に立つ大きな鏡に向かった。
そこには、楽しげに食卓を囲む三人の姿が映っていた。ヒカル、ナオ、そして――
「……わあああああっ!?」
クロエは思わず椅子を蹴って立ち上がった。
鏡の中の自分は、見慣れた18歳の少女ではなかった。
そこにいたのは、12歳ほどのあどけない少女。
しかも、長く垂れる桃色の髪ではなく――黒。
(な、なんで……クロエの髪が……黒に!?)
クロエの髪は桃とリンゴの間の色合いだった。
リンゴ好きの母ナオが気に入り、クロエ自身も「お母さんが好きな色」と誇らしく思っていた。
それが、今は漆黒に――。
一瞬、胸を抉られるようなショックが走った。
だが次の瞬間、鏡を覗き込んだクロエは小首をかしげて――
(……あれ? 黒も結構似合うぞ、クロエ!)
なんだか悪くないと、まんざらでもない気持ちが顔をのぞかせていた。
「クロエ? どうしたの?」
ナオが心配そうに尋ねる。
「な、なんでもないですわ! オホホホ……」
クロエはわざとらしく咳払いをして、取り繕った。
(時空を超えるときに……少し遺伝子に影響が出たのかな? うーん、よく分からないけど……)
内心で推測をめぐらせつつ、平静を装うクロエ。
そんな彼女に、ナオが優しく切り出した。
「わたしはナオ。こっちはヒカル。あなたはこの辺の子?」
「え、えっと……」
クロエの思考が一瞬フリーズする。
(やばい! どう説明するか全然考えてなかったーーーーっ!)
「うんとですね……あ……あに……お兄ちゃんと旅をしていたんですけど、はぐれまして……」
ナオはすぐに相槌を打つ。
「じゃあ冒険者ギルドに行って、迷子の捜索を頼んであげるわ。迷子の依頼は国が負担してくれるし、面倒も見てくれるから安心よ」
クロエの顔がひきつる。
(こ、これは……預けられて、はい、さようならのパターンじゃん! だめだめだめ! 両親と旅ができないと“遺伝子爆発”が進まない。悪魔リーサルも倒せない! やばいってば!)
慌てて口を開く。
「あ! 次、どこに行くんですか!?」
ナオが答える。
「シーブルー王国を目指しているの。そこに友達がいるの」
「そ、そそそそ……そこです! そこに兄がいます! ぜひ一緒に連れてってください!」
クロエは必死にアピールした。
(よ、よし、言えた……! 我ながらがんばった!)
だが、ヒカルが真顔で首を振る。
「いや、迷子はやっぱり預けていこう。俺たちは悪魔と戦うんだ。危険な目に合わせるかもしれない」
(ガビーン! パパのバカー! 余計なこと言わないでよーー!)
クロエが心の中で叫んだそのとき、ナオが静かに言葉を重ねた。
「でも……放っておけないわ」
(さすがママ! 好き!)
クロエはぱっと顔を明るくし、横でヒカルを軽くにらむ。
「うっ……」
ヒカルがぎょぎょっとして視線を逸らす。
「じゃ、じゃあ……シーブルー王国までは、一緒に連れていくか……」
「……っ!」
クロエは心の中で両手を突き上げた。
(よっしゃーーーっ! クロエ、両親と旅できるーー!)
そんな小さな歓喜の裏で――。
食堂の出入口。少し離れた席から、三人をじっと見つめる人影があった。
やがてその人物は、静かに立ち上がり、こちらへと近づいてくるのだった――。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
良ければブックマークと評価をお願いします。励みになります。




