第117話 両親との再会
――父と母が、目の前にいる。
それも、クロエと同じ年頃の姿で。
心臓が喉まで競り上がり、クロエは息を飲んだ。
過去へ飛ばされた先で最初に出会ったのが、この二人だなんて。
(これって……奇跡? それとも……運命なの?)
だが、胸を熱くする喜びの一方で、別の感情がクロエを締めつける。
自分の正体を知られてはならない。
未来から来たことを知られれば、歴史が歪むかもしれない。
そしてなにより――目の前の彼らが「自分の両親」だと告げるわけにはいかない。
ヒカルが一歩近づく。
「おい、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
低く、でも優しい声。その響きに、胸がきゅっと締めつけられた。
ナオも心配そうに覗き込む。
「どこか怪我してない? 無理に立たなくてもいいわ」
伸ばされた手は温かく、包み込むようだった。
(やっぱり……お母さんだ……。声も、仕草も……全部……)
涙が今にも溢れそうになる。
でも、ここで泣いたらおかしい。変に思われる。
クロエは慌てて首を横に振り、笑顔を作った。
「クロ、クロエね。……ちょっと迷子になっただけ、だから……だいじょうぶ!」
必死に平静を装い、名乗る。
“クロエ”が娘だということは、彼らが知ることはない。
ヒカルは怪訝そうに眉をひそめつつも、それ以上は追及しなかった。
「そうか。なら、よかった」
ナオは微笑んで頷き、クロエの肩に手を置いた。
「街まで送ってあげる。知らない場所でひとりは心細いでしょう?」
その温もりに、クロエはたまらず視線を伏せた。
未来で失ったはずの両親の優しさが、今ここにある。
涙がこぼれそうになり、胸の奥で何度も叫んだ。
(クロエは……クロエは、この二人の娘なんだよ! でも……言えない……!)
葛藤と喜びと切なさがないまぜになり、クロエはただ、二人の後をついて歩くことしかできなかった。
石畳の道を抜けると、夕焼けに染まった街並みが広がった。
市場からは香ばしい焼きパンの匂いが漂い、子どもたちの笑い声が響く。
クロエにとっては懐かしくもあり、まだ知らぬ世界でもあった。
「とりあえず、腹ごしらえだな」
ヒカルが先に歩き出す。
その背中は、クロエが未来で聞いていた“英雄”の姿ではなく、少し生意気で、けれど頼もしい青年そのものだった。
「クロエちゃんも、きっとお腹すいてるでしょ?」
ナオが振り返り、にこっと笑う。
その笑顔に胸がぎゅっと締めつけられる。
(……やっぱり、お母さんの笑顔だ)
小さな食堂に入り、三人は木のテーブルについた。
運ばれてきたのは、シチューと焼きたての黒パン。
湯気が立ち上り、香りが鼻をくすぐる。
「いただきます!」
思わず声が出たのはクロエだった。
ヒカルとナオがきょとんとする。
「……あはは。元気いいな」
ヒカルが苦笑し、スプーンを取った。
「でも、いいことだ。食事は楽しく食べないとな」
ナオも微笑んで、パンをクロエの皿にちぎって分けてくれる。
「こっちの方が柔らかい部分。食べやすいから」
そのさりげない気遣いに、胸の奥から涙がこみ上げた。
クロエは慌ててシチューを口に運び、ごまかす。
(ダメだよ、泣いたら。クロエはただの“旅の娘”でいなきゃ……)
しかし、どうしても口が緩んでしまう。
「……おいしい。こういうの、クロエは大好き!」
ヒカルがにやりと笑った。
「そりゃよかった。食べ物が美味い街は、だいたい安全だ」
「そんな根拠あるの?」とナオが突っ込む。
「いや、なんとなくだ。食べ物が不味いと、みんな機嫌悪くなるだろ」
二人のやりとりに、クロエはつい吹き出してしまった。
――未来で何度も聞かされた“仲の良い両親”の姿が、そこにあった。
食堂の窓から差し込む夕陽が、三人を優しく包む。
クロエは胸の奥で小さくつぶやいた。
(クロエ、ここにいていいのかな……。でも、この時間がずっと続けばいいのに……)
甘く切ない願いを抱きながら、クロエは両親と同じ年の彼らと過ごす最初の食卓を噛みしめていた。
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