第115話 いざ、過去へ!
シドの時を遡る提案から具体的に計画を詰め、ついにタイムリープする日になった。
シドの知識と、いまや、シドを超える魔力を誇るユウキが組み、この伝説タッグが、過去へのタイムリープについて術式を完成させたのだ。
ハクアとキンカもタイムリープにおける命綱の役割として、術式に参加した。
昼下がりの陽が差すなか、シドが描いた幾重もの魔導円が淡く発光している。周囲には小さな石のアンカーが等間隔に置かれ、そこにハクアとキンカが手を当てて冷静に確認をしていた。シドの隣でユウキは詠唱の最終確認をしている。ユウキの額には薄い汗がにじんでいるが、顔つきは誇らしげだった。
「準備は整った。だが念のため、手順をもう一度確認するぞ」
シドが穏やかだが厳しい声で告げる。彼の周囲には、見えないが確かな気配──魔導の意識が漂っている。
ハクアは唇を噛み、短くうなずいた。
「命綱のタイムロープは過去側と現在側の二重固定。時間座標も二重で冗長化、片方でも破綻したら即座に転送を中断できる。クロエが過去で危険になった場合は直ちに私たちが切り戻しの魔法を使う。分かった?」
「分かってる」キンカの声は本気だ。冷たい気迫がこもる。彼女は、妹を守る覚悟をしていた。
クロエは小さく両手を握りしめて、真剣な顔で二人の姉を見上げた。
「ハーちゃん、キンカちゃん……いってきます。すぐ戻るからね!」
ミナがクロエの手を掴む。
「クロエ、あんた無茶しちゃダメよ!?」
ソウタは大きな背でクロエを軽く抱き寄せる。
「行ってこいよ。帰ってきたら、でっかいごちそう用意してやるからな。約束だぞ?」
クロエはニコリと笑い、ぽんとソウタの胸を叩いた。
「うんっ!」
ユウキは照れたように笑ってから、ぐっと心を引き締める。
「僕が本気で守ります。僕が側にいるから、怖いことは何もないって思っててね、クロエ。」
クロエの目がきらりと光った。
「うん、ユウキたん!」
シドは杖を掲げ、低い調子で呟いた。
「術式は完了しておる。だが、もう一度念押しをしておく。過去へ行くということは、因果の河に小石を投げ入れるようなものじゃ。流れを乱せば、その波紋は未来にも届く。確実に、最短で結果を得て戻ること。余計な干渉や不用意な接触は厳禁。分かるな?」
ユウキが即座に答える。
「分かっています。最小限の接触、必要な瞬間だけ、会話は極力避ける。クロエの覚醒以外の変化は許容しない。承知しました。」
シドは頷き、ユウキに目を向ける。
「ユウキ、君の役目は『時間の塔』の指揮者だ。クロエを過去まで導き、座標を固定し、帰還のための定点を保持する。君の魔導は過去と現在を結ぶ唯一の橋じゃ。頼むぞ」
ユウキは深く一礼する。
「はい。全力を尽くします、師匠。クロエ、僕がいる――必ず一緒にここへ戻ってくる!」
チャイは人形態の大人の姿で、クロエの肩にそっと手を置く。茶色の髪が柔らかく揺れた。
「クロエ、あなたの選択を私は尊重するわ。」
クロエはこくりと頷き、ポケットから小さなリンゴの形をした木彫りのお守りを取り出した。母ナオの形見として、母からもらったものだ。姉たちに手渡す。
「ハーちゃん、これ……持ってて。帰ってきたら、また食べようね」
ハクアは息を詰め、手を伸ばしてそれを受け取る。目にわずかな涙が光る。
「わかった。必ず返すから、必ずもどってきてね…」
シドが杖を大地につく。魔導円が白い光を蓄積し始める。アンカーの石が震え、淡い青の糸のような光が石を結んでいく。空気は急速に冷え、時間の重みが増していく。
「最終確認。ユウキ、クロエ、本当に行くんだな?」シドの問いに、ユウキは頷いた。クロエも力強く頷く。
「はい。僕が付き添います。クロエ、手を離さないでね」
「うんっ!」
ユウキはクロエの手を取り、二人で魔導円の中心、白く浮かぶ小さな扉の前に立つ。扉の表面は母なる時間を映す水面のように揺れている。ユウキの掌から放たれる青い魔力が扉に触れると、時間の水面が波打ち、過去の微かな映像が揺れる。そこに、ヒカルとナオの若い横顔が、一瞬だけ映った。
クロエの胸が振るえる。ユウキはそれを感じ、優しく声をかける。
「大丈夫、僕がいる。まずは一瞬だけ、会って、帰る。約束だ」
クロエは小さく笑った。
「約束!」
シドが低く詠唱を始め、魔法陣が強く輝く。ユウキも前へ出て詠唱に参加する。二人の詠唱が揃ったとき、魔導円の光は閃光となって中庭を満たした。時の扉がゆっくりと開く――開いた向こうは、昼下がりのどこかの街だった。彼らが探している“あの時代”の匂いが、光の波紋として流れ出す。
ハクアはクロエのリンゴを胸に抱えながら唇を噛んだ。キンカは剣に手を触れているが、動かない。ソウタは黙ってユウキの肩に力を込めた。ミナは目をぎゅっと閉じ、祈るように囁いた。
「行ってこい。戻ってこいよ、クロエ」ソウタの声は震えていなかった。ただ、熱を帯びていた。
ユウキは最後にクロエの額にそっと唇を寄せるようにして、低く言った。
「行くよ。すぐ戻るって、二人で約束しよう」
クロエは大きく息を吸い込むと、元気よく答えた。
「うん!」
二人は手を繫いだまま、光の扉へ一歩、また一歩と進む。周囲の魔導円の光が渦を巻き、時空の縫い目が縫い直されるように音を立てる。やがて、ユウキがクロエを抱きかかえるようにして空間へ踏み込むと、白銀の泡のような粒子が二人を包み込み、もはや誰の目にも見えない光の軌跡となって消えた。
門が閉じる瞬間、シドは静かに息を吐いた。
「さあて……行ったな。来るべき時が来たということじゃろう」
庭先には、しばしの静寂が残った。だが、それは必ずや動き出す沈黙だ。戻ってくることを信じて待つ人々の鼓動が、ギルドハウスに満ちている。
チャイがぽつりと言った。
「クロエ、強い子になりそうね……」
ハクアは冷たい表情で空を見上げた。
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