第111話 クロエの力
夜の帳が下りはじめた頃。
チャイの巨大な翼が広がり、ゆるやかにギルドハウスの庭へと降り立った。
その背から、シドとキンカ、そして意識を失ったハクアとクロエが下ろされる。
「……二人とも、大丈夫かしら」
チャイはすぐさまドラゴンから人の姿へと変わった。
柔らかな茶色の髪を肩まで垂らす、28歳ほどに見える大人の女性。その瞳には深い憂いが宿っている。
彼女は心配そうに眉を寄せ、声をかける。
「早く中へ。休ませてあげないと」
キンカがクロエを抱きかかえ、シドがハクアを支えながら、ギルドハウスの扉を押し開ける。
リビングのソファに、それぞれを横たえた。
暖炉の明かりが二人の顔を照らすが、依然として意識は戻らない。
沈黙を破ったのは、シドだった。
「……クロエじゃが」
老練な声に、キンカとチャイが振り向く。
シドは顎に手を当て、思案を巡らせるように目を閉じた。しばし沈黙したのち、再び口を開く。
「どうやら……特殊な力を持っておるかもしれん」
「特殊な力……?」キンカが問い返す。
シドはゆっくりとうなずき、過去の記憶を紐解くように語り出した。
「クロエが生まれて、二か月が過ぎた頃のことじゃ。ある夜、突如としてあの子の身体が光を放ったのだ」
「光……?」チャイの茶色の髪がゆらめき、彼女の青い瞳が揺れる。
「そう。あまりにも神々しい光でな……。どう対処してよいか分からず、父ヒカルと母ナオがわしを召喚した。精神生命体であるわしに、見極めを頼んできたのじゃ」
チャイもキンカも、息をのむ。
「そのとき判明したのは――遺伝子爆発、という現象であった。わし自身、実際に目にしたのは初めてじゃ」
「遺伝子……爆発?」
「うむ。天文学的な確率でしか起きぬと言われておる、伝説めいた現象じゃ。だが、クロエの身に起こったのは確かにそれだった」
シドは目を閉じ、当時を思い返すように続ける。
「光は数分で収まった。特に害はなく……その後のクロエは、普通の人間として育ってきた。ナオは天使と悪魔の混血、ヒカルは謎のスキルを使う。確かに稀有な血筋ではあったがな」
キンカは拳を握りしめた。
「……でも、それ以外に変わった点はなかった」
「そうじゃ。だからこそ、今まで気づかなんだ」シドの目が細く光る。
「だが今日……ヴァルガの首を消し去った“あの力”は、まぎれもなく幼少期に見た現象と同じものじゃ」
重苦しい沈黙が広がる。
ハクアは分析と未来予測に長けた神術士。父ヒカルに似て、理詰めの戦術家。
キンカは戦闘面で父母のすべてを受け継ぎ、ワールド最強と称される存在。神裁も神化も、天使の波動も悪魔の覇道すらも使いこなす。
そして――三女クロエは、ただの普通の子として育ってきた。
そのはずだった。
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