災厄一過 空は晴れ渡り
よろしくお願いします
窓の外が白み始め、微かな光が私の顔へ差し込んでくる。
まだ,寝ていた方かいいぞと瞼か訴えてきている。抗い難い誘惑ではあるけど、無理やり,瞼をこじ開けて外からの光を目に取り入れる。
うん、段々と目が覚めてきた。体も起き出してきているよう。昨日までは感じていた背中の怖気もなくなっている。魔力もだいぶ回復しているみたいだ。
暫くして、明るくなってくると天井の模様もはっきりと見えてきた。
うん、見慣れている模様。そう、ここは私の部屋。メイドとして働きに出ているアバド男爵邸の一室。
「うーん」
体に掛かっていた毛布をずらして起き上がる。
つっ
まだ、体の節々が痛みを訴えてきているよ。まあ、あれだけ暴れ回れば筋肉痛も出でしまうものだよ。こう言う時ほどストレッチして筋肉のコリを解した方かいいんだ。
だから、両腕を挙げて伸びあがろうとして思い出した。片方の肩が脱臼したんだっけ、暫く動かさない方がよかったんだっけ。仕方なく片手だけ持ち上げて伸びをうつ。
つっ
今度は腹の方から痛みが頭に突き刺さってきたよ。釣られて額からの痛みもぶり返す。たん瘤ができているんだ。
あの時、公爵に何か打ち込まれたんだ。槍の石突で突かれるより何倍も痛かったよ。
公爵が手に持っていたのはガンと言われるガリア帝国の武器。硝石と細かく挽いた炭、そして硫黄を混ぜたものに火をつけて爆発させ、金属の球を打ち出す武器らしい。
威力もなかなかでプレートアーマーの装甲ぐらい突き抜けるらしいや。呪文の詠唱もなしに飛び出すから魔法でどうこうしようとしても間に合わないな。正に魔術師殺しの兵器と言えるかもね。
あれを兵士が一人一人持つようになったら、戦の方法も変わっていくだろうよ。いくら騎士が名乗りを上げて威力を誇示しようとズドンの一発で万事急須。なんとお手軽なんだろう。
私の場合、運が良くてバトルドレスがなんとか防いでくれた。マーサが言うには、ドレスの生地が魔法で強化されたクリスタルの細糸で編み込まれたもので、何枚にも重ねられていたのが幸いでしたと。
金属の球が当たった時、複数の重ねられた生地が微妙にズレることで衝撃を散らして貫通しなかったんたって。ドレスの制作者がそこまで見越して作ったのなら大したもんだよ。おかげで命拾いしたんだから。
でも、球が当たったとこが悪かったらしく、重要なところが破れてドレス自体使えなくなってしまった。お役御免で捨てるしかなくなったんだ。新調するしかないと。
一体,一着いくらかかるんだか。考えると頭がクラクラする。代々、ウチの家系で引き継がれて来た物だけに私の代でお釈迦にしてしまって,ご先祖様に面目立たないよ。
まあ、既に起こっちまったこと、今更、どうこうできないよ。起きた事を悔やんでもしょうがないね。
前の日に何があったって日が変わり朝になれば、いつもと同じ自分の仕事をするしかないんだね。
「よっこらせ」
ばば臭い掛け声をあげてベットから滑り降りて立ち上がる。こうでもしないと,未だ疲れの残る体が動いてくれなさそうだ。
着古してツギハギのあるナイトガウンを脱ぎ捨て、シュミーズを着る。片手しか動かせないんで紐を絞めることができないからステイコルセットはしない。しなくても腰は括れてる。そう思いたい。
いつもなら黒い背中留めのロングワンピースなんだけでと,とても背中まで手が回せないから前留めのツーピースにした。それでも着るのに苦労するよ。両手でないと色々と苦労するもんだね。
そしてボールハンガーにかけてあったピナフォアを上に重ねる。これでヘッドドレスを着て完成と。
自分の部屋を出て、薄暗い廊下を進み台所へ。節々に残る痛みと疲れで歩きも覚束ない。魔力の回復薬を飲んだ後遺症もあるのかな。あれを飲むと暫くだるさが残るんだ。
それでも何とか台所に辿り着き、食器が入ったバスケットを持って外に繋がったドアへと向かう。
「つっ」
ドアを開けたのはいいのだけれど、登りつつある朝日を真面に見てしまった。目まで痛みを伝えてきたよう。
手で光を遮り暫くして明るさに慣れてきたのか周りがはっきりと見えてきた。手をどかし,空を見上げると雲ひとつない青い空が視界の端まで広がって見えた。
微かに戦ぐ涼風が頬を撫でていく。なんて、さわやか朝なんだ。この前の夕闇に暴れ回り、殺伐とした修羅場を潜り抜いて生きていることができた御褒美に感じる。
「さあ、お仕事、再開かね」
辺りに薫る花の香りを楽しみつつ、男爵邸を出て、共同井戸に向かった。
「ゾフィーヤ、どうしたんだい,その顔。腕まで吊って」
井戸の周りには、周辺の邸宅で働くメイド仲間が屯していた。その中でいち早く私を見つけたのは,男爵家にも近いところにあるノルトハイム家の皿洗い、スカラリーメイドのドーラさん。
私は公爵邸で大暴れしたツケで頬には軟膏の塗られた湿布が貼られ、額には幾重の包帯が巻かれている。頬の腫れも引いていない無惨な顔つきをした私を驚いて声をかけてくれた。
因みに、私はこの場ではゾフィーヤの名前で通しているんだね。特徴的な赤いジンジャーでゾフィーなんて名乗れば、在らぬ噂を立てられて,ここに来られなくなってしまう。
ここは色々と噂を聞くことができて重宝してるんだ。巷では私、知る人ぞ知る有名人なの。
「あんた、一体全体どうしたって言うの。喧嘩でもしたのかい?」
「聞いてくださいよう。この前,いきなり鎧を着た奴が屋敷に押し寄せてきて、無茶苦茶やったんですよ。巻き込まれて、この有様なんです」
公爵に抱え込まれた衛士に狙われたルイ殿下が逃げ込んできてドンバチがあったのが本当のところなんだけどね。
「あんた、ハロルド公爵んとこに勤めていたっけ?」
えっ? 私,そんな事言ってないよ。私はウチの寄子の、
「い〜え、アハト男爵様のとこですけど。何で私が公爵家勤めになるんです?」
「何ね、前の夜。公爵様のお屋敷で騒ぎがあったんだよ。なんか,赤毛の鬼女が公爵のとこのパーティに乱入して暴れまくったっ言うじゃないか」
確かに、暴れたのは私だけと、鬼女だって。自慢じゃないけど,それなりに綺麗だって言われているのに鬼女だって酷すぎるよ。
言い出した奴、ここに来なさい。そこら辺、きっちりと話をしようや。勿論、ギッタンギッタンにしてやる。
「あんたの髪も赤いねえ。まさかと思うけど、あんたかい?」
「違いますよぉ。私なんか、殴られて気を失って昨日,やっと目が覚めたんですから」
「かわいそうにねぇ。冗談だから気にしないでおくれよ」
「してませんて、私が人をバリバリ食べる鬼に見えますか」
「そうだよねえ」
昨日、目を覚ましたのは本当。公爵邸の医務室で目を覚ましたんだ。
限界以上に体を酷使して,魔力も枯渇。更に頭と腹にガツンと喰らって,流石に私の体も音を上げた。ベッドの上で死んだように寝てしまったらしい。
目が覚めても暫くは安静にしていろって言われたけど、私自身,公爵邸で暴れ回り壊しまくったんだ。寝覚めが悪い事この上ないよ。
周りが引き留めるのも構わずに、いいから、いいからとウチに帰ったんだ。それから身支度を整えて勤め先の男爵のとこに移ったんだ。
ウチで休んだら、気が抜けてダラダラとしてしまいそうでね。お仕事しないと、お給金貰えないのよ。
「あんたのところにも、暴漢がなだれ込むなんてねえ。騎士崩れの奴らかねえ。公爵様のところといい、あんたところといい、世の中どうなっちまったんだろうねえ」
おかげで、私,ボロボロになりましたよ。まあ、図に載って暴れまくってしまったせいなんですけどね。自業自得っていう奴ですね。
「本当にそうですよ。お皿とか汚れもの持ってきたのはいいのですけど、怪我の所為で片手が使えなくなって、屋敷の洗い物ができるかわからないんですよね。これじゃあ、メイドをクビになっちゃう。お給金貰えなくなりますよ。どうしよう」
「何言ってんだい。ソフィーヤ、ちょいとそれ貸しな。代わりに私があんたんとこのも洗ってやるよ。あんたと私の仲じゃないか。いつも私の与太話に付き合って貰ってるお礼だよ」
「そうですかぁ、本当に助かります。ドーラさん。どうしたらいいか、考えちゃって」
彼女は気風と性格の良さでここいらのメイドたちから頼られていたりする姉御みたいな人なんです。
「ところで話変わるんだけどさあ。小耳に挟んだのよ。ハロルド公爵が夜逃げしたって。本当かねぇ」
「えっ,そうなんですか? 初めて聞きましたよ」
「そうだろうよ。あんた、気を失っていたもんねえ」
「ですよ。でも何で? パーティをおじゃんにされたの、公爵様なんでしょ」
目が覚めて聞かされた話によると、ハロルド公爵は捕まっていない。私に向かって発射した時の轟音で辺りが騒然になり、混乱に乗じてあの場から逃げたらしい。誰か手引きしたんだろうね。
「それでね。なんか陛下も,あの晩に公爵邸にお出になったんだって,一体全体何があったんだろうねえ」
「本当ですね。どこかに公爵が隠れているかもしれないんで、気をつけないと」
「本当だよ」
2人でヤイノヤイノ話しているうちに、ドーラさんはウチの分の洗い物を終えてしまった。私と話をしながら洗い上げてしまうなんて,流石と言うしかない。
「さあ〜て、一丁上がりだよ。持ってきな」
「ありがとうございます。恩に切ります」
「どうって事ないよ。良かったら明日も持ってきな。洗ってあげるから」
「えっ、本当にいいんですか,甘えちゃって」
「いいも何もないよ。あんたは早く怪我を治す。わかったかい。さあ,仕事は終わったんだ。旦那様のところへ帰って休ませてもらいなよ」
「はい、そうさせてもらいます。ありがとうね」
務める家は違うけどメイト通しの仲はいいんだ。困ったことが有れば、相談にものってくれて陰ながら助け舟を出してくれる。人情の熱い世界なんだよ。
笑顔のドーラさんに送られて、共同井戸から離れて男爵邸へ帰る。少し、外に出て歩いたんで体の方も回復して来たみたいだ。ぎごちなかった歩みも元に戻ってきた。
これなら、明日から、普通に仕事もこなせるんじゃないか。この先,どうなるかと心配したけど何とかなりそうだ。これからは無事に男爵のところで働いて給金貰ってウチの食い扶持の足しにする。
もう、殺伐とした世界にオサラバして普通の世界に暮らしていく。いい事じゃないか。ルイ殿下とのことは夢のまた夢。恋で私の胸が熱くなるなんて、少しだけでも甘い夢を見られたんだ。感謝しないとね。
それに変なこと企む奴らは一掃されたんだ。後は彼か父である陛下の元へ帰って,近衛がしっかりと守ってくれる。剣呑な魔法剣士崩れの私なんかとは金輪際関わりを持つことなんてないはず。遠くから,彼が成長していくうわさ話を楽しみにしていくさね。
「ただいまぁ」
男爵邸の敷地に戻り裏手に回って勝手口を開けた。私の仕事場へ戻ってきたんだ。今まで動けなかった分を取り戻さないといけないな。
あれ、勝手口から見えるテーブルに誰かいる。後ろ姿からするにハイランドだ。アハト卿ハイランド。私をメイドとして雇っている男爵さま。
でも、どうしてだろう。背中が黄昏ている。頭を抱えているようにも見える。
「旦那様。どうかされまして?」
何事か悩みでもできたんだろう。屋敷の奥のテーブルに突っ伏しているなんて。恐る恐る聞いてみたよ。
ビクンッ
彼の肩が震えた。そしてゆっくりと私の方へと顔を向けてきたんだ。眉尻が落ちて、落ち込んで心配そうな顔つきをしている。
しかし、どうしたことだろう。私の顔を見た途端、落ちていた眉尻が吊り上がり、顔が赤くなる。
「『どうかしまして』 じゃ、ありません。一体全体、何処をほっつき歩いていたのでありましょうか」
「何処って,洗い物をしに共同井戸まで行ってたんですよ」
「『行ってたんですよ』 じゃありません」
何でそんなに怒り心頭? 私、何かやらかした?
「姫」
そう、彼は強く私を呼んだ。そうだった。私は
「貴女はゾフィー・シャルロッテ・デュ・バイエルン。伯爵位、バイエルン卿の息女、ご令嬢ではありませぬか? 違いますか?」
「いえ、ちっ、違う………。はいです。私がゾフィー・シャルロッテ・デュ・バイエルンになりますです」
だった。あまりの剣幕に、思わず返事をしてしまう、私。
「その姫様がメイドの姿になっていること自体、異常だと言うのに」
ダメなのかなあ。だってお金ないから働かないとおまんまの食い上げになって,弟のアデルとか路頭に迷うことになってしまうんだけど、
「その,メイドが公爵様のパーティに乱入してめちゃくちゃにしたと言うではありませんか」
だって、ルイ殿下が襲われて殺されそうになってて、私が何とか助けなきゃって思ったからだし、
「でっ、何ですって。暴れすぎて気を失ったぁ。いい加減になさませ」
いや,あん時は公爵が変なもんをぶっ放すから。陛下をお救いしようと、盾になっただけだし。
「しかも、安静にして休まなきゃいけないのに、外を彷徨いている。大概にしなさい」
ごめん、謝るから、何度でも謝るから、
「心配をしている、こっちの身にもなってください」
こんな私のことを心配いしてくれるのは、ハイランドだけじゃないのかな。君は優しいからなあ。
「何,笑っているんですか。私は貴女を怒っていると言うのに」
「え、笑ってる? 私が」
「はい、やめてくださいよ。ニシャと笑うなんて。ご令嬢なんですから,もっと優雅に笑っていただけませんか」
どうやら、考えていることが顔に出て決まったようだね。ごめん,ごめん。何か、誤解させてしまったみたいだ。
ハイライドは私を叱ってくれる。位で言えば男爵位は伯爵位に比べれば低いんだ。それでも私を諌めてくれる。彼とは幼い時からの腐れ縁ではあるけど、それだけ私のことを考えていてくれるんだ。こんなに嬉しいことはないんだよ。
この世界は優しい。ハイランドもそう、アデル、パーカー、マーサにいたるまで私を思っていてくれる。ここで生きていけるなんて、なんと幸せなことだろう。
「笑って誤魔化そうとしても駄目でありますよ。マーサに聞きましたよ。殿下のことで公爵のところへ殴り込みをかけたって」
「えっ,それは………」
「言い訳しない」
「はい」
「貴女はウチで雇っているメイドです」
「はい」
「でも、姫様でもあるんですよ」
「はい」
「姫様、メイドは貴族相手に喧嘩なんて売りません。剣だって振り回しすこともありません。相手を素手でぶっ飛ばすなんてもっての外です。そんなことだから、巷の噂で災厄なんて言われるのですよ。わかりましたか」
「はひっ」
ハイランドの強い叱責に背筋が伸びる。痛っ、そんで持って体の痛みも背筋も登ってきたよ。痛み入ります。あんたの言葉、肝に銘じておくよ。
「ほら、ニシャって笑う。本当に聞いてますか?」
「聞いてるよ………、違った。重々承知しました。旦那様」
私は、顔から離れない笑みを隠すつもりでハイランドに胸に片手を乗せて腰を軽く落とし頭を下げる。
「分かれば宜しい。兎に角、もう休んでください。貴女に何かあったら、伯爵に怒られるのは私なんですよ。陛下からもよろしくと言葉を頂いているのですよ」
「はい、はい」
「返事は一つ」
「はい」
「宜しい」
「では、私は、これで下がりますね」
「さっさと,部屋に下がりなさい」
なんて、彼と話していると
ド、ド、ドッ、ドン
廊下の奥から屋敷の玄関を叩く音が聞こえてきた。
ありがとうございました




